ミイラ(漢字表記:木乃伊)とは、乾燥死体である。
生物の死体が腐敗せずに乾燥し、原型をとどめている物。宗教上の理由からわざと作られたものと、自然に偶然できたものがある。
前者はエジプトのものが有名だが、世界各地にあり、日本では中尊寺の奥州藤原氏のミイラや即身仏がある。
後者のなかには5000年前の人物のものもあり、アルプスでみつかった「アイスマン」が有名。また、現代でも何らかの理由で死体が腐敗しにくい環境で放置された結果、人間のミイラが偶然にできてしまうこともある。
日本では、「河童のミイラ」や「人魚のミイラ」などが伝説とともに寺などに保管されていたり見世物にされたりしている例がいくつか確認されている。ただしこういった「想像上の生物」のミイラは他の生物のミイラをもとにして人工的に作る事が可能であり、まあ信憑性はお察しください。
ちなみに、本場エジプトのミイラの色は茶色なのだそうだが(過去には茶色の絵の具の原料として用いられたらしい)、日本など湿気の多い国では茶色にはならずに黒いミイラが出来上がるそうである。
死体が長期にわたって形状を保つ類似例としては「死蝋」などがある。
日本語としての「ミイラ」はポルトガル語「mirra(ミッラ、ミルラ。「rr」が巻き舌)」が語源とされている。なお、現在のポルトガルでは「rr」の発音は日本語の「ハ行」を喉の奥で出すような音に変化しており、「mirra」も現在のポルトガル語話者が発音した場合は「ミイラ」「ミッラ」とは聞こえない可能性が高い。
ちなみに「mirra」はポルトガル語で「ミイラ」を意味するというわけではなく、「没薬」を意味する。後述するようにミイラは薬品として使用されることがあったため、「ミイラを原料とする薬剤」を指して「mirra」と呼ばれていて、これが「ミイラ自体を指す言葉」として伝わったのではないか。
ポルトガル語でミイラを意味する言葉は「múmia」。スペイン語では「momia」、フランス語では「momie」、英語では「mummy」、ドイツ語では「Mumie」である。さらに、ミイラの漢字表記「木乃伊」は中国語なのだが、中国語での発音は「ムナイー」「モッナイイー」という感じなんだ。語源が同一であるのがわかるだろう?
君たちの中にも、子供の頃にゲームや漫画でミイラが出てきたときなどに「マミー」と呼ばれているのを、「マミー?なんでお母さん?」と不思議に思った人がいるだろう?これは「お母さん」を意味する幼児語「mammy」ではなく、上記のミイラを意味する英語「mummy」の方なんだ。
ミイラのなかには薬にされてしまったものもある。
医学・薬学の分野が未発達だった時代では、洋の東西を問わず「珍しいもの」「神秘的なもの」「人体の一部」が薬品として扱われることがあった。ミイラはこれらの特徴に合致していたのである。
実際に薬効があったかどうかは非常に怪しいところではあるが、その希少性から高価な品として扱われた。諺「ミイラ取りがミイラになる」はその貴重で高価なミイラを盗掘しにいったものが行き倒れてミイラになってしまうことがあったことからきている(ミイラを盗掘するのも危険が伴うことだったため)。
非常に有名な十六世紀の中国の薬学書「本草綱目」にも、第52巻「人部(人体由来の原料を使う薬剤)」に「木乃伊」についての項目がある。
だがそこに記載されているのは
中東の国では、七、八十歳くらいの年で、他の人を救けるために自分から身を捨てる人が居るんだ。 その人たちは蜂蜜だけを食べるようにして、それ以外の食べ物や飲み物は口にしなくなる。するとおしっこもうんこも蜂蜜になっちゃうんだ。 で、死ぬよね?そうしたら他の人たちが、蜂蜜を満たした石の棺のなかに死体を入れて、表に年月を刻んでおくんだ。 それを百年後に開封すると、蜜薬ができている。骨折とかしたときにこれ飲むと治っちゃう! 中東の国でもこれって希少品らしいんだ。「蜜人」って呼ばれることもあるよ。 |
という内容で、我々が良く知る「乾燥死体としてのミイラ」と言うより、「即身仏」のような自殺行為によって作成される「死体の蜂蜜漬け」である。「ミイラ作りに蜂蜜を使う」という説があり、そこから誤解が生じたものか?(実際に使われたのはナトロンという鉱物で、後世の人がそれを蜂蜜と混同したのではないか、と言う話もあり、正確なところは不明)
中東の記録にはこういう「死体の蜂蜜漬け」は出てこないようで、やはり誤解ではないかと思われる。ただし「既に記録すら失われたものの実際の風習で存在していた」という可能性は否定できないが。
「蜜人」は「ミーレン」と発音するので、上記の「mirra」と響きが似ており何らかの関係があるかもしれない。たとえば中東や欧州から来た人から「この薬、ミーラ(mirra)はな、マミーっていう死体から作られてるんだぜ」と聞いた中国の人が「ミーレ(蜜人)?なるほど、人体と蜂蜜から作ったのか」と勘違いしたのかも・・・。だが、今となっては確認するすべはない。
ちなみに、この部分は陶宗儀という人物が著した「輟耕録」という随筆・説話集からの引用なのだが、「本草綱目」の作者の李時珍はこの記載に対して
陶氏はこう記している。効果の有無は不明である |
と割と冷静な注釈もつけている。
怪奇映画、ゲーム、漫画などのサブカルチャーにおいて「包帯でぐるぐる巻きにされた死体で、呪いの力を持ち、意思をもって動き回り人を襲う」といった怪物として描写されることがある。
ミイラは「死体である」というその点だけからも不気味な印象を与えてしまうものであるが、上記のような怪物としての印象が確立されたのは1932年のユニバーサル・ピクチャーズのホラー映画「ミイラ再生(原題:The Mummy)」やその続編の影響であると言われている。ちなみにこの映画は後年のリメイク作品「ハムナプトラ」も有名。ハムナプトラも原題は同じく「The Mummy」である。
余談だが、「頭が長くて額が出っ張ってボルトが刺さっているフランケンシュタイン」や「オールバックの髪型でマントを翻す気取った格好のドラキュラ」などもまた、同時期のユニバーサル・ピクチャーズの怪奇映画で初めて確立されたイメージである。