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中国の爆笑B級ニュースが減ってきた理由が笑えない

私見だが、現代の日本における中国情報の消費には複数のパターンがあると考えている。まずは中国の政治・経済への真面目な関心で、これは19世紀から続くかなり伝統的な切り口だ。また、漢詩や中国史への関心も、近年は存在感が薄れてきたが古くから脈々と続いている。

いっぽう、もうひとつ大きなトピックがB級ニュースだろう。有名どころでは段ボール肉まんや「チャイナボカン」シリーズ、比較的マニアックなところでは、ゼロ年代のネット黎明期に人気が爆発した中国ロボット先行者」、北京五輪時のパクリ・パンフレットの「涼宮ハルビン(通称)」、遊園地のニセキャラクター……といったユルめの笑える話題である。

10年間中国のB級ニュースを探し続けてきた筆者が感じた異変

私はライターになる以前の2008年から中国ネット掲示板の翻訳ブログを運営して彼の国のトホホな話題を探し続け、最近でも大連の上場ダッチワイフメーカーだの深センのネトゲ廃人村だの怪しいものばかり取材している。学生時代までさかのぼるなら、トホホな中国との付き合いは15年以上におよぶ。政治や経済のギラギラした話題から距離を置き、泥臭くてリアルな中国社会が垣間見えるのがB級ニュースの醍醐味だ。

ところが、近年はなぜか中国のB級ニュースがとんとつまらなくなった。過去と比べて無邪気に笑える話が減ったのである。過去にこの手の話の配信が多かったサーチナやレコードチャイナなどのウェブニュースの配信もかなり減少している。

私は2018年4月14日、自分と同じく中国B級ニュースに詳しいジャーナリストの高口康太、アジアITライターの山谷剛史らと「中国B級ニュースはなぜ死んだのか?」というトークイベントを予定している。今回の記事ではこれに先立って、中国のトホホな話の報道が減ってしまった理由を自分なりに考察してみることにしたい。

1.中国の出来事は同じことの繰り返し

まずは以下に、日本でよく報じられがちな中国のおもしろニュースの例を挙げてみよう。

いずれも非常に楽しげな話だが、実はこれらは中国の報道を定点観測していると、数年に一度くらい似たような話が出てくる。中国の人口は日本の10倍なので、似たような行動をする人も10倍多くいるわけであり、結果的に構図が酷似した事件が定期的にリピートされるのだ。

当然ながら、過去の事件と似た話は新鮮味に欠けてニュースバリューが下がるため、日本では報じられにくくなる。加えて近年の場合は、ゼロ年代までは派手に起きていた事件が、縮小再生産を繰り返すだけになった例も多く見られる。

壮大なニセ人民解放軍事件もスケール感が小さくなった

「縮小再生産」については、ある詐欺の手口を例に説明してみよう。1989年3月に湖北省武漢市で、詐欺師2人が街にニセ人民解放軍のオフィスを設立して3年間「駐屯」し、何食わぬ顔で地域の党や軍関連のイベントに出席しながら解放軍ビジネスをおこなった事件がある。

似た事件は2001年に安徽省でも起き、こちらでも詐欺師がニセ人民解放軍を作ってニセ軍用車を乗り回し、ニセ煙草を販売するビジネスに手を染めていた。さらに2004年には山西省太原で、学生600人を集めて5年間にわたり開学していた人民解放軍空軍学校を名乗る教育機関が実はニセ人民解放軍のニセ学校であることがバレて、当局により閉鎖されている。

しかし、最近の類似事件にここまでのスケール感はない。例えば2016年に雲南省昆明市で軍人を詐称して婚活サイトに登録して、少なくとも女性6人を食い散らかして金銭を貢がせていた逮捕された。また2017年には詐欺グループがカモたちを信用させるため、軍高官を装った人物が出席する集会を開いていたことがバレた……というふうに、全体的に話が小粒になっているのだ。

村同士の血みどろのバトルロワイヤルもすっかりおとなしく

これは農村部の村同士が私的に戦争をおこなう行為「械闘」のニュースも同様だ。清朝末期(咸豊年間)の広東省で村の戦争が盛り上がって数十万人規模の死傷者が出る内乱に発展した話はスケールがでかすぎるが、15年ほど前までは村人数千~数万人が参加して、軍隊の横流し兵器や偽造の銃火器でバンバンと殺(や)り合う派手なバトルロワイヤルがたまに起きていた。

頻度の面でも、ゼロ年代までは月に1回くらいのペースで中国のどこかで械闘が発生し、よく村境の家が焼き討ちされたり車が破壊されたりしたものである。

しかるに、最近は械闘のニュースも年に1回、2回もあればいいほうだ。使われる武器もせいぜい棍棒や農具で、昔と比べるとかなりおとなしい。近年の械闘関連のニュースは、過去の因縁で数百年間にわたり通婚を拒んできた福建省の村が歴史的和解を遂げたといった、平和的な話が多くなってきた。

「これはヤバイ」という“常識”を持つ人が増えてきた

こうしたスケールダウンの理由は簡単だ。近年の中国は社会の近代化や経済発展がいよいよ進み、「普通の常識(=先進国的な感覚)」を持つ人が増えた。すなわち、極端にダイナミックなパクり行為や、危険すぎる商品の販売や環境汚染行為をヤバいと考える感覚の持ち主が増えてきたのだ。中国名物の怪しいITガジェットも、消費者の目が肥えたり、製造元が割とちゃんとした企業に成長したりしたせいで、やはり徐々に減っている。

実地で取材した限りでは、そもそも最近の若者は村を離れて都会に出てしまうので、田舎で械闘のようなトンデモ事件を起こすだけの元気のいいやつの絶対数が減った――、という寂しい事情も存在する。中国の発展と社会構造の変化は、ヘンな出来事を駆逐していくのである。

2.日本側の心理の変化

「1」はB級ニュースを供給する中国側の変化だが、これを受容する日本側の変化もある。最近は外交や単純な経済力のみにとどまらず、ITをはじめ日本中国の後塵を拝する分野が増えた。無邪気に相手を笑ってばかりいられなくなったのである。

いまや、過去に怪しい山寨機(パクリ携帯)ばかり作っていた中国携帯電話製造業界に、ローコストでそれなりの機能の端末を作るスキルが蓄積されてしまい、それを吸収した中国スマホメーカーが新興国を中心に市場を席巻している時代なのだ。

 そのため最近の中国のB級ニュースは、過去のように「純然たるアホな話」を楽しむ形とはならず、「スゴい話の裏側にヘンなことがある」という切り口にならざるを得ない。

いまや油断して笑っていられなくなってきた

例えば私が2017年に手掛けたネタでも、深センのネトゲ廃人村の住民たちは、フォックスコン(鴻海)やZTEの工場で日銭を稼ぎながらスマホを片手に自堕落な暮らしを送る21世紀型のサイバーパンクな人々だった。

また、大連でハイクオリティなダッチワイフを作って業界初の株式上場を果たしたEXDOLL社の正体は、中国ロボット協会の副会長を研究グループに招聘してAIを搭載した自己可動ドールの開発に邁進するハイテク企業だ。

近年流行のスマホ決済やシェアサイクル、無人コンビニなどの裏話も、それ自体は非常に面白い一方で、立ち止まって考えるとやはり中国発の新たな産業の芽生えを感じさせる。いまや中国のB級ニュースは、本質的には油断できない話題ばかりになっているのだ。

3.政治ニュースがいちばんB級

ほか、近年の中国社会で政治のウエイトが重くなったことも大きい。一昔前なら、役人の気が緩んでいたので地方政府関係の出来事はトホホなニュースの宝庫だったが、綱紀粛正に厳格な習近平政権のもとでは役人アホではいられない。結果、「緑化政策」として山肌をペンキで緑色に塗るような強烈に頭の悪い仕事はずいぶん減ってしまった。

また、中国の社会が全体的にピリピリするようになり、監視カメラや顔認証技術・IDカードの照会技術の発達、チャット会話の監視体制の強化などによって、国民が怪しげな振る舞いをすることのハードルが格段に上がった。ニセ人民解放軍を街に勝手に駐屯させるような、無駄にスケールがでかすぎるヘンなことはできなくなったのだ。

B級めいた話の最大の発信元が習政権になってしまった

むしろ現代中国では、B級めいた話の最大の発信元は習政権になっている感もある。自分が文革時代に下放された村を観光地化、習近平アプリや主席の業績を称える「神動画」のネット拡散、病的なまでに細かいネット検索用語規制、など、いまや「そりゃないだろ!」と言いたくなる話はいずれも政治がらみなのだ。

だが、これらはいずれも習近平の権力が、バカげたことをバカとして笑うことを許さないほど強大化した裏返しだ。ちっとも心から楽しめないのである。

笑えなくなった後はどうすればいいんだ

というわけで、中国が良くも悪くも笑えない国になってしまったことが、中国B級ニュースが衰退した最大の原因であろう。

言うまでもなく、日本中国は様々な摩擦を抱えており、ともすれば政権への忌避感がその国の人間や社会への警戒心や嫌悪感につながりがちだ。B級ニュースというのは、そうした心情を楽しくほぐしてくれる作用もあるため、中国が「笑えなく」なったことは長期的に見ると日本の民間社会の対中国認識にジワジワと響いていくのかもしれない。

観察する限り、今後、代わりにソフト面の対中認識を担ってくれそうなのは、日本でも気軽に楽しめるようになった中国ローカル料理のグルメネタ(要するに蘭州ラーメンである)、自己アピール好きの中国人の趣味にマッチして独自の進化を遂げているかわいい女の子コスプレイヤー観察ネタ、意外とクオリティが高くてハマるものも多い中国のゲームアプリ関連ネタあたりかとも思われる。

これまで中国のトホホネタで大いに食わせてもらってきた自分としては残念なところでもあるが、そろそろ中国B級ニュースライターも職替えをするべきときに来ているのかもしれない。


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