「存在しないものを存在しないと証明することはできない」
~ 悪魔の証明
妖怪(ようかい)とは、通常の人間その他の動植物が持ち得ない特異なゲノム情報を持つ生物存在の俗称。妖(あやかし)あるいは物の怪(もののけ)などとも呼ばれるが、広義には神やその依り代、妖精なども含まれる。一般には、特殊な遺伝情報に由来する驚異的な特殊能力・異形などを携える存在の総称としての意味合いが強い。
通常、生物の核酸情報は5種類の塩基(アデニン、チミン、シトシン、グアニン、ウラシル)より構成されているが、妖怪の遺伝情報にはこれら以外の塩基が多数含まれており、発現するタンパク質の働きは大分異なったものとなっている。また程度はあるものの、全体的に他生物を有意に凌ぐ耐久力・治癒力を備えている他、寿命が他生物と比較して格段に長く、逆に生殖能力が著しく低いという特徴がある。通常、生物は個体の死亡が絶滅に繋がらないよう、かつ異常な繁殖による破綻を招かないよう、それぞれに適した生殖能力が備わっているものであるが[1]、その中で妖怪は「強力かつ死滅しにくい一個体」として進化した、極めて稀有な生物であると言うことができる。
また、妖怪という呼称は特に日本国に特有のものであるが、以下では諸外国における同様の幻想存在も含め、全て「妖怪」に統一表記する。
妖怪という呼称は特異塩基を保持する生物存在の総称であるため、個々の系統学的な繋がりはほとんど見出せない。しかし、多数の妖怪に共通する生体的特徴である高度な耐久力・治癒力・長寿命は、特異基質に因を持つ妖怪タンパク質に共通する性質であるという見解で概ねの一致を得ている。この「通常生物にはあり得ない特異な塩基」の由来は、長くに渡って推測の域を出ない理論がぽつぽつと述べられるだけの、妖物学界における巨大なブラックボックスであったが、スタンリー・ミラーによる化学進化の実験によって、これら特異塩基は前述した通常5種類の塩基と共に、普遍的に誕生していたことが示された。原始地球の大気組成を再現したフラスコ内で放電を行うことで合成されうる塩基は、通常生物が持つ5種類の他にも多数の種類が存在することが確認されており、その内の幾つかはグアニン・シトシンよりも安定ですらあることも確認されている。何故これら有用と思われる塩基が通常生物において利用されていないのかは諸説あるが、未だに明確な結論は得られていない。
また、特異塩基による妖怪タンパク質は、それ以外の副産物をも齎した。個体の自由意志や天候・時間帯によって自在に行える身体構造の明確な改変を始めとして、炎や氷といった極高低エネルギーの体内における合成・放出や、高精度・強機能な五感および特異に発達した専用器官による第六感・第七感などといった強力な異能である。通常生物の身体では過負荷が強すぎるため使用できるものではないそれら異能の力、および通常生物を超えた圧倒的なその強靭性・不死性は古来より人間にとって垂涎の的であり、その力を扱う事に成功した者が、それを源としたカリスマ性で世を風靡することは歴史的には全く珍しくない[2]。ほとんどは妖怪の肉を摂取することによる身体の変異[3]、もしくは妖怪との混血児などであるが、封建制が一般的となる中世に入ると、それらを初代とする一族が異能を確実に遺伝させ、また異能を既得権益として外に漏れないように排他的な血統家系を作ることが主流となっていった。現代においては近親相姦のタブー化などの価値観の普及もあって多少は門戸が開かれつつあるが、それでも大きな力を持つ名家などにおいては未だ血統主義的な価値観が強く根付いている。
逆に、人間から排斥されて攻撃された異能者も存在した。中世ヨーロッパ社会においては、民間に広く存在していた魔女達が、異教排斥を掲げたキリスト教会主導の魔女狩りによって壊滅的な打撃を受け、一時は絶滅したともされていたが、19世紀以降になってからは復権を求めて再び人の世に現れる者が増え始め、現代では一般にもよく姿が見られるほどになっている。科学の発達によって、よくも悪くも民間の宗教色が中世に比べて薄くなっていることが大きな要因であろう。
妖怪の生態について調べられた記録は数多いが、しかし中世以前の記録において、人間の集落周辺に生息する一般的な妖怪について触れられた記録は意外なほどに少ない。これには当時の社会情勢が影響している。妖怪の多くは食物連鎖のピラミッドにおいて他の生物の上位に位置し、特異塩基に因を持つ強力な能を持っているがために一般人の手には余る存在であった。そのため「英雄」と呼ばれる専門の業者が妖怪の研究・駆除を一手に引き受けていたが、命の危機と直接に結びつく危険な業種故に人手も少なかったため、人間にとって明確に害を為すもの以外の妖怪については基本的に無視するか、極力刺激しないように丁重に扱われる事がほとんどであり、結果として人間にとって脅威であればあるほどに詳細な記録が残るという皮肉な結果となっている。
例を挙げると、バジリスク、コカトリス、カトブレパスなどの西洋系妖怪に見られる邪視[4]の能などは、本来的には身体能力が低い、もしくは動きが鈍重な捕食者などが自分のテリトリーに入ってきた餌の動きを封じて逃げられなくするために有するものや、逆に被食者が捕食者から逃げる際にその動きを一時的にでも封じるために身に付けているものであるが、多くの動物は標的や天敵の認識には聴覚や嗅覚などの五感をフルに使用しており、視覚を介さなければ効力を発揮できないこの能は狩りにおいてそれほど効果的なスキルとはなり得ない。しかし、認識のほとんどを視覚に頼っており、かつ一箇所に固まって生活している人間にとっては極めて脅威的な能であり、また能力そのものは非常に絶対的ゆえに明確な天敵もいないため、この種の妖怪の死因のほとんどは人間による駆除であった。
また現代でもそうであるように、軍事的な研究には人手や資金が投入され易い。騎馬を遥かに凌駕する圧倒的能力を持つ妖怪を騎獣として扱おうという試みは古くより繰り返されており、空中戦が可能な上に扱い方がある程度まで馬と共通できるペガサスや同様に空中戦の切り札になり得るグリフォンなど、飼育の手間やコストが比較的少ない複数種投影系の動物型妖怪が主な研究対象とされ、現代に詳細な記録を残している[6]。
東洋においては蠱毒法が有名であろう。妖怪変異を誘発するウィルスを込めた箱の中に毒虫を大量に入れ、毒虫が殺し合う中で毒と妖怪性ウィルスの競合作用により妖怪化した一匹が残る[7]。この蠱虫は昆虫の本能としてフェロモンに強い反応を示し、自分の覚えている匂いを追う習性があるため、ここに殺したい相手の髪の毛などを入れておくことで蠱虫はその相手を追っていき、強力な毒で標的を暗殺する。蠱毒法には発展型が多く存在し、雌猫の死体に妖怪型微生物を繁殖させ、その猫の首を刎ねて子宮に詰め込んでおくことで妖怪化させる猫鬼法や[8]、更にこの猫鬼法を発展させ、死体の腹を用いずに使役妖怪を製作する犬神法などのバリエーションも存在している。
妖怪の生態は世界各地、それぞれの生息する環境において様々に変わってはくるものの、大体において通常生物に類似した外見を持つものが珍しくない。これは本来は通常生物であったものが進化の中途で妖怪細胞を取り入れ、妖怪化したものがそのまま種として成立しているようなケースが非常に多いためであり、動物系妖怪を始め亜人系ヒト型妖怪などのある程度の共通性を持つ妖怪が様々な地域で別種として成立しており、妖怪も各地域における生態系のニッチに収まっていることがわかる。
通常生物に近似した妖怪
最も代表的かつほとんどの種を占めているのが、動物種系統の妖怪である。そのほとんどは妖怪型の骨格および筋肉に由来する単純に高い身体能力を持つものか、あるいは変異により高度に圧縮された脳機能をもって人間を超える知能を操るものとに大別され、特に後者に関しては声帯の高度な発達あるいは身体操作などにより、人間の言語を発音することが可能な種も非常に多い。
通常生物種由来の妖怪が多い関係から、ほぼヒトの関わる範囲内におけるあらゆる動物にその妖怪が存在していると言っても過言ではなく、特にヒトと生存環境を同じくする生物種系統の妖怪はヒトと関わる機会も多く、彼らをペットとして飼育している、あるいは飼育されているというようなケースも昨今では珍しくない。まず最もポピュラーな猫系妖怪としてはケット・シーやワーキャット、日本では猫又などがよく知られている。全体的に身体能力に特化した種はそれほど多くなく、どちらかと言えば知能に特化した妖怪化を経たものが多いのが特徴で、その中でも虎型の種族は強力な個体が多く白虎などは一般に聖獣として扱われている。犬系の妖怪は猫系統に比べて明確に身体能力に特化した種が多く、最も一般的なヘルハウンド種は護衛犬として非常に高い人気を誇っているが、それが祟ってバスカービル一家惨殺事件などのような陰惨な事件に関わることもあり、ペットとしての人気はより大人しい北欧のガルム種や英国のクー・シー種、ギリシャのオルトロス種などに一歩譲っている。また近似種である狼型のフェンリル種なども最近では手懐ける手法の開発が進んできており、また先は長いものの将来性のある分野であると言えよう。猿の妖怪は東洋に多く存在する特徴があり、大型の狒々や小型の猩々などが広く知られている。日本では特異な異能を持つ妖怪・覚があり、相手の脳の電子情報を認識して自らの脳内に同様の情報を再現する、俗に「相手の心を読む」能力が有用な研究対象として、大脳生理学の発展に大いに寄与した。また猛禽類系統の妖怪は世界的に神聖な種と看做されることが多く、フェニックスを始めとしてロック鳥やシムルグ、鳳凰や朱雀など有名どころが数多くあり、日本においても火の鳥や八咫烏といった妖怪が存在する。多くが「火」に関わる能力を持っていることが多い特徴から、空を飛ぶ力と合わせて太陽の化身としての位置付けをなされることが多かった。
しかしその一方で、元々が希少な動物種である妖怪などは多くの場合でやはり希少であり、むしろ元となった通常生物種の方が絶滅しており生命力に優れた妖怪種の側のみが残る、というケースも非常に多い。そのような絶滅危惧種の保護として、世界各地に点在し一般人の立ち入りが厳しく制限されている各地隠れ里などが多くそういった妖怪のビオトープとして機能しており、西洋ではエデンやアヴァロン、アルカディア、エリュシオン、シャングリラ、ティル・ナ・ローグなど、中東ではシャンバラやエル・ドラード、東洋では桃源や天竺、ニライカナイなどが特に大きなビオトープとして知られる[9]。
海洋妖怪
海洋の妖怪についてであるが、何故か海中を根城とする妖怪は動物型に限らずおよそ全ての型において、陸上型のそれに比べて極めて数が少ないという特性がある。元々陸上生物は海中から進化したものであるし、実際にも通常生物ではかなりの種の生物が海中を根城とするのに対して個体数も有意に限定されている上、それほど多いわけでもない水中生息型妖怪にしてもその大半は水陸両性型あるいは水辺に住む系統の妖怪が多数を占めており、海中を専門とする妖怪となると非常に限られてくる。何故このような生態になっているのかは未だ不明確であり、これもまた長らく妖物学会に横たわる難問として現在も半ば黙殺されている状態にあるが、現状においては中世以前の人々が水中を調査する術に恵まれていなかったため、単に多くの妖怪が未だ未発見のままでいるだけではないかという答えに落ち着いており、ならば何故深海を調査する術を得た現代になっても新たな妖怪が発見されないのか、などというような問題には基本触れないというコンセンサスが取られている。
中国で最も槍玉に挙げられるものとしては、中国の更に東の海に生息していた霊亀という巨大亀が存在する[10]。定期的に海上に浮かんで長期の睡眠を取る妖怪で、睡眠時はその巨大な身体を海面に出して長期に渡る静止を行うため、古くは一個の島と勘違いされていた。霊亀は背中から特殊な分泌物を放出しており、その分泌物を多量に含むその土壌で育った植物は他に見られないような変わった実や種を備えることから、仙人の住む島・蓬莱と呼ばれ多くの調査部隊が派遣されたり、そこに生育する植物の枝が貴族の娘の嫁入り道具などに用いられることもあった[11]。
西洋で最もよく知られているものは、大航海時代において最も多くの犠牲者を出したとされる海洋妖怪のクラーケンだろうか。海上を進む船に取り付き船員達を喰らう巨大な頭足類の妖怪で、特に北欧から大西洋にかけて猛威を振るい、中には竜種とすら並べられる程の規格外の個体すら存在する。現代においては造船技術の発達によってクラーケンの被害は少なくなってはいるが、喜望峰やバミューダ・トライアングルなどの一部地域では未だにクラーケンによる被害の報告が成されている。
海洋妖怪とは離れるが、クラーケンの皮膚には生物の骨を棲家として用いる変わったタイプの妖怪型微生物が生育していることが知られている。この妖怪型微生物はクラーケンが食い残した死骸の中で増殖し、肉を食い尽くして体内にエネルギーを溜め込むと、食べ尽くした死骸の骨の周囲を囲って軽いコーティングのような状態を維持してその宿となる骨を動かし移動する。この微生物群は関節可動域に集まる習性を持ち、骨同士を繋ぎ合わせることで複数の骨を繋げて動かすシステムを持っており、多くの場合は宿となる骨群は生前にそうあったような状況を再現されることになる。スケルトンと呼ばれるこの妖怪は極めて近接戦闘に強い特性を持っており、可動域を集中的に攻撃すれば簡単に骨同士の接続を外すことはできるものの、骨の部分や頭などをどれだけ攻撃してもほとんどダメージが入らない上、骨が外れても多少の距離であれば電子的な共鳴で磁石のように部品同士を繋げることで元通りにすることもできる。そのため何度攻撃しても死なないアンデッドとして扱われることが極めて多く[12]、実際に中世以前はヒトから変異した妖怪であると考えられていたが、現代では妖怪型微生物によって動かされているだけであると判明しており、分類としてはアンデッドには含まれていない[13][14]。
炎の具現としての妖怪
炎は人間の原初の武器と称されるように、炎系統の妖怪もまた各地に様々な種が存在する。最も原始的かつスタンダードなのは単純な火の玉系列の妖怪で、単純ゆえに大きく広く世界各地に分散しており、日本における鬼火も西洋におけるウィルオーウィスプも燃焼のメカニズム自体にはさしたる違いは存在しない[15]。
直接的な炎とは異なる妖怪としては、生物系または物質系の妖怪が炎を纏っている、あるいは炎がそのような形状を取っている型のものが多い。そのような型の妖怪は、炎を皮脂性の潤滑液に纏わせ、身体自体は白質化した皮膚組織により炎から守る、蝋燭の原理と同様の手段で炎を操っている。皮脂腺に類似の器官より放出した即硬化性の粘着液で空気中の有機物を固め、炎を纏った飛び道具として使用するなどの様々な応用ができ、汎用性は極めて高い。例としては猫の妖怪が炎を纏った火車や、カボチャが炎を内に保持し蛍光の役割を果たしているジャックランタンなどがいるが、主軸ではなくとも異能の一つとして炎を用いるスキルを持っている妖怪は極めて多く、細分化が不可能な点から近年では炎妖怪というカテゴリー自体の有用性が問われ始めている。
人間に近しい別種としての妖怪
生物学においてはヒトを他の動物種と違う特別なものとしては扱わないが、ヒト型の妖怪が俗に亜人種と呼ばれ妖怪として扱われないことも多く、ヒトと妖怪の混血が多くの国で市民権を得ている現代社会においては、ヒト型妖怪の知見はやはり重要なものと言える。
ヒト型妖怪でも特に最も多くを占めるのが単純な身体能力で優れる動物種の能を取り入れた型で、両腕が鳥類の翼であるハルピュイア、下半身が蛇のそれであるラミアやエキドナ、蠍のセルケトにギルタブリル、全身を強靭な鱗で包んだリザードマンなど枚挙に暇がなく、背中に鳥の翼を持つヒト型天使族や蝙蝠の羽と尻尾を持ったヒト型悪魔族なども大枠ではこの中に加えられる[16]。
また、通常は完全なヒト型あるいはほぼヒトに近い形状を取りながら、有事においては動物種の技能を用いるという完全な使い分け型の種も存在する。西洋において最もよく知られる妖怪である人狼では、網膜に桿細胞・錐体細胞の他にα線を感知する特殊な細胞を持ち、月から降り注ぐα線を一定以上の量で認識されると、神経伝達を介して脳下垂体より人狼特有のホルモン生成指令が出されることで身体構造の改変が起こる。この特殊なホルモンにより、生物の体細胞同士を繋げる重要な役割を持つカドヘリンなどの細胞接着分子が依存する血中内カルシウムイオンのホルモン調節や、身体細胞が膨張・収縮する際に細胞膜を構成する脂質二重膜の形状を維持するためのコレステロール代謝・脂質輸送のためのLDLおよびHDL調節などが行われ、普段のヒト型から獣の身体たる狼型に変身するのである。
このような何らかの要因あるいは自由意志による身体構造の改変技能は人狼に限らず多種の妖怪に見られる極めて普遍的なものであるが、そのような一般的でものですらもそれだけ複雑な体内調節の結果であり、それが上手く回転しなくなった時の弊害は強力な妖怪であればあるほどに大きくなる傾向がある。例えば身体の霧状化などのように身体の全てを分解するほどの大規模な構造改変を行う妖怪では、全ての体細胞が脱分化された一種の万能細胞によって構成されているため一般的な制御因子だけでは到底足りない。細胞の複数分裂や膨張などの妖怪型プログラムがない通常のヒトにおいてですら、細胞分裂サイクルの制御というものはサイクリンおよびサイクリン依存性キナーゼによるDNA転写因子を活性化させての細胞分裂の促進に、それら転写因子の抑制を、DNA転写因子を脱リン酸化状態で不活性に保持するRb因子やその脱リン酸化状態を更に維持するp53因子などが行うことでサイクル制御を行っており、またそれを更に制御するためのフィードバック作用なども含め、細胞分裂の制御は複雑かつ厳密に行われている。しかし体細胞が「全ての細胞になり得る」万能細胞で構成される妖怪ともなると、まず「ある細胞からある細胞へ」ではなく、「全ての細胞になリ得る万能細胞からある特定の細胞へ」分化させなければならず、その制御因子と調節因子の構成は複雑などという話ではない。身体全体が調節因子の塊であるがゆえに少しの異常でも細胞分裂調節のエラーが起こってしまうため、それを抑えるための更なる制御機構もまた複雑化せざるを得ず、人狼が月を見た時の変身を自発的に止められないのはその負担を抑えるためでもある[17]。
そのような他の動物種的な特性を用いない、純粋なヒト型妖怪としてはエルフが挙げられる。
エルフ種は外見的にはヒト種との相違点はほとんど見受けられないが、特に現代社会で多く見られるのは長く尖った耳を持つハイエルフ・新緑エルフ系統のエルフであろうか。一般に「自然」と括られる、ある種の植物・動物種に囲まれた原生環境下に暮らすハイエルフは、妖物学的にはヒトとは僅かに異なる進化系統樹上の、妖怪型の変異を取り入れた種であると考えられている。エルフ種の身体におけるエネルギーの生産系は、一般的なヒト種における解糖系・クエン酸回路・電子伝達系で用いられるコエンザイムに高い吸収性を持ち、それらエネルギーに支えられた強靭な身体性能に加えて頭脳もまたヒト種に比べ明確に高い水準にある。しかし、その高い効率を維持するためには周囲を一定以上の原生環境下における妖怪系因子の吸収に務める必要があり[18]、その生物学的な性質から自然的環境への依存度がヒト種に比べ非常に高い。現代でこそヒト種とのハーフやクォーターなども多くそれほど問題にはなっていないが、今でも人間文明と離れた自然界の奥地で暮らす純血型のエルフは、特に先進国の中などに入ると身体を崩してしまうケースが非常に多く、一般にも広く知られる彼らの文化的な、自然への高い敬意および自然を作り替える人間文明への強烈な敵意は、そういった種族的な性質に由来するある意味での相容れなさにも依る部分が大きいことを念頭に置いておきたい。
また、エルフよりも更に植物・水・大地などの自然環境への依存度が高いのがニンフであるが、それゆえに先進国では余り目にかける機会がなく、ほぼ精霊と同一視される傾向がある。木精のドライアドや水精のネレイデスなどの名前が日本では比較的よく聞かれるが、それがニンフの一種であるという認識は一般には大きくないのが現状である[19]。
身体レベルの著しく異なる妖怪
通常生物と何ら変わりない形態・機能でありながら、妖怪タンパク質を取り入れることで本来有り得ないサイズになった極大・極小系統の妖怪は多い。そのような体格が極端に異なる種は一般的な変異型妖怪とは明確に区別して扱われる。
身体サイズの極めて小さな妖怪
ゴブリンやドワーフなどのように一般に小人と呼ばれるような種は、他の小型通常生物と同等程度の大きさしかない脳を持ちながら、それに見合わない高い知能を保持する方向に特化している。大きな脳に由来する高度な思考能力を持ったヒトがこの地球上で繁栄できたことからも明らかなように、脳の大きさはそのまま知力に繋がる。生物のタンパク機能がある程度共通のものを用いている以上、パソコンのCPUのような機能の圧縮・効率化・小型化などにはどうしても限界がある。
しかし、小人妖怪の妖怪タンパク質はその脳機能の小型圧縮を可能にする。通常生物において全体の十数%程度しか機能していない脳の機能を、強靭な妖怪細胞によって稼働させている部分も多分にあるが、それ以上に脳のスペースを有効に活用するための独自の神経細胞を持っているものが大半である。通常生物の脳発生は、まず神経細胞の元となる神経堤細胞より足場となるグリア細胞が伸長し、このグリア細胞を伝って神経細胞たるニューロンが外側へと登っていくことで神経細胞の層が作られ、この層が何層も積み重なっていくことで脳が形成される。このグリア細胞はニューロンの足場であり支えとなっている重要な細胞であるが、脳のサイズに限界のある小人妖怪においては神経細胞の入るべきスペースを圧迫する存在でもある。そこで小人妖怪は、グリア細胞の太さを制限することでこの問題を克服した。妖怪型の細胞を用いて通常生物と同等レベルの耐久性を保てる限界までグリア細胞を細め、その空きスペースに更なるニューロンを接続することで、脳サイズによる知能の制限を突破しているのである。
小人以外の明確な小型ヒト系妖怪として最初にイメージされるのは恐らくフェアリーだろうか。元来妖精という名称は西洋において日本でいう妖怪と同等の意味を持つ言葉であり、デュラハンやバンシーなども分類上は妖精目に分類される妖精の一種である。しかし、一般的に日本において妖精と呼ばれるのはフェアリーやリャナンシー、ピクシーといった妖精種以上の、純系の妖精種に限ることが多い。全体としてヒトと同様の身体にトンボのような羽を生やした姿形を取るものが多く、その身体はヒトの子供程度から小指程度まで幅があるものの、総じてヒトよりも極めて小柄である。
巨人型妖怪
身体サイズの極めて大きい巨人系統の妖怪において、真っ先に槍玉に挙げられる議題として自重の問題がよく知られている。物質の体積は大きさの三乗に比例して指数関数的に膨張していくため、通常生物の肉体では余りに大きい=重い身体を支えきれずに潰れてしまう。これが自重の問題であり、他にも昆虫など外骨格系生の巨大化を阻んでいる物理法則的な壁となっているのである。一般に知られるトロールやキュクロプス、ギガース、オーガなどは巨人としてもまだヒトの数倍程度に収まり、分類としては強度の高い妖怪細胞で身体を維持する、単純に強靭なタイプの妖怪として扱われているが、しかし北欧の世界樹地下に住むユミルの巨人族や、ギリシャ周辺に生息する巨人タイタンやアトラス、日本の山造りの巨人ダイダラボッチなどの規格外な大きさとなると、如何に強度に優れる妖怪細胞をもってしても自重を支えきれなくなってきてしまう[21]。
そういった巨人種は身体の一部部位を完全に死細胞に変えることで強度の問題を解決している。身体の細胞を生きている状態に維持しないのであれば、細胞の機能や分裂に必要な細胞内小器官も、それを維持する細胞質すらそもそも必要としないため、およそ岩や鉄とさほど変わらない鉱物も同様なただの角質化されたタンパク質の塊でよいのである。特に負担のかかる下半身は多くの巨人でほぼ死細胞であり、可動に必要な関節や骨格のみ強度の高い生体物質で固めている個体が大半を占めている。しかしその一方で、当然ながら非生体的な身体には最低限度の可動性しかないため動きがワンパターンに収まりやすく、ある程度以上の速度を持つものであれば回避は難しくないという欠点にもなっている。
また、小人とは対照的に巨人妖怪の動きは通常のヒトの動きと比べ緩慢な傾向があり、脳の機能はそれほど特化していない特徴がある。通常、脊椎動物における神経伝達のシステムでは、神経細胞たるニューロンはその大部分を髄鞘と呼ばれる形質が繋がった構造をしている。神経伝達は、通常は保たれている細胞膜内外の膜電位が刺激によって逆転し、その電位パルスが神経細胞を伝わっていくという形式を取る。しかし、通常の細胞においてこの電位パルスの伝達速度はさほど早くはないため、迅速な伝達が求められる神経においてはその伝達速度を早める必要があり、髄鞘およびランヴィエ絞輪による電位パルスの跳躍伝導によって、素早い神経伝達を可能としているのである。
しかし、身体サイズが極めて巨大な巨人妖怪となると、神経伝達にかかる時間も馬鹿にならないものになってしまう。通常生物においても、一般に小柄な生物は大柄なそれに比べて敏捷性に優れる。最高速度に関して言えば、ヒョウやチーターを例に挙げるまでもなく大柄な生物の方が速いことは多いものの、その速度に至るまでには多少の加速時間が必要であり、瞬間的に出せる速度では自身の数十倍を飛び跳ねるノミやゴキブリなどに大きく劣る。これは空気抵抗や筋肉への負担を抑えるためという理由もあるが、大きくは身体サイズが大きいために神経伝達にも時間がかかっているためと言って良い。これが巨人種ともなると、通常生物のサイズ差云々などとは桁の違うレベルで身体が巨大であるため、通常生物のような神経伝達をしていては身体を動かすまでに日が暮れてしまう。これを解決するためには速い神経伝達を可能とするシステムが必要であるのだが、上記の自重の問題が響いてくる。巨人の巨体でヒトのように神経細胞を張り巡らせるには、余りに重すぎて大きな負担となってしまうため、巨人は神経の発達も抑えている。非常に巨大な脳を持つにも関わらず巨人の知能がさほど高度でないこと、および多少以上に身体の損傷を無視する傾向があるのは、このような特質に依る部分が大きい。
最強の妖怪
猛禽類と共に強力なものが多いのが蛇を始めとする爬虫類系統の妖怪である。総称して竜と呼ばれるこれらの妖怪は全世界的に様々な派生種が存在し、その多くは他の神々と呼ばれる種すら有意に凌ぐ圧倒的な能力を持っている。
古代ギリシアのウロボロスに見られるように、竜種は太古より創世・終焉を司る規格外の存在として人の間に伝えられてきた。西洋や中東は言うに及ばず、東南アジアのナーガ、中国では黄竜や青竜、日本においてもヤマタノオロチは古事記に記録の残る日本史上最大級の妖怪といって差し支えない。竜種はそれぞれの地域を支配する最強の妖怪というニッチに収まっているケースが極めて多く、現代においてすら蛇神信仰が色濃く残っている点も、かつて暴れた彼らの脅威がどれほどのものであったかを端的に表している[22]。
一般に竜種と呼ばれる場合には主に欧州地域のドラゴン系統の妖怪種を指し、これは初期の竜種研究の発展が多く欧州から始まったことに由来する。欧州は古来から竜種が非常に多い地域であったため、その脅威から生態研究が危急のものとして常に行われてきた歴史があり、竜種に関する研究知見が極めて多い。他地域では妖物退治全般の専門家を指す「英雄」の通称が、欧州では半ば竜退治の専門家とイコールで語られるのもそのような歴史に依るものであり、最古の竜殺しベオウルフに始まり、竜の血を引くアーサー王や中世最高のドラゴンハンターである聖ゲオルギウス等、竜殺しの英雄の数もそのほとんどが欧州発である。
現代では竜種の多くは中世以前に絶滅あるいは退治されており、生き残っているのはワイバーンやワーム等の下位の亜竜種が大半を占めるほか、竜種の末裔とされる種も中途で他の妖怪や人間の血が入り、竜としての原形を保っている個体はほとんど現存しない。しかし、中には名の知られた巨竜が当時同様の姿で生き残っているケースもあり、北欧で冬眠していたファフニールが岩山の下から現れたり、ウェールズ(旧エリン)でクロウクルアッハの子供が発見されたりといった事例も報告されている。また定期的に復活再生するヴリトラなどの竜もあり、中東では年に一度、夏季の始まりにインドラと空一面で殴り合う大迫力の空中ショーが行われている。他にも、海竜であるレヴァイアサンやヨルムンガルドなども目撃例が存在するため、深海の何処かに今も生息しているのではないかという期待が持たれている。
信仰の対象としての妖怪
人間の信仰あるいは畏怖の対象として畏敬を受ける妖怪は、俗に「神」と呼ばれる。その多くは、それぞれの地域一帯において飛びぬけて圧倒的な力を持ったある種の妖怪のことを畏怖を込めて呼んだものであったり、あるいは自分の能をもって人間と共存していた妖怪への感謝を込めて呼んだものであったりと地域によって当て嵌められる対象に違いがあるが、そういった意味合いにおける「神」とはあくまでも実在妖怪への敬称であり、分類学上の「神」とは存在を別にする。
現行の妖物学において「神」とは、人間の脳に感染して電気信号に影響を及ぼし、それによって発生する脳波あるいは神経伝達物質を食べて生きる寄生性の妖怪型ウィルス全般を指す。これら神は多くの場合、鬱病などの原因になるセロトニンやノルアドレナリンの不足を補ってくれるため、そういった症状が出た人間が神に感染することで症状が緩和される例は極めて多く、特に精神医療の薬剤などが用意できない地域などでは現在も非常に重宝されている[23]。また俗に「奇跡」と呼ばれる、脳内で繁殖した神が電気信号を介して一斉に特殊な妖怪型ホルモンを放出することで宿主に大きな規模の幻覚を見せる現象は、鬱病や麻薬中毒者におけるフラッシュバックなどとは異なり、多くの場合で過度なストレス環境下にあった宿主の精神を大幅に回復・快調させる効果があることが明らかになっている。
しかし、そういった効果も行き過ぎれば身体の働きを阻害することに繋がる。例えば糖尿病を抑える物質であるインスリンは上がりすぎた血糖値を低下させる因子であるが、これを過剰に投与してしまえば、今度は体内の糖が無くなってしまい死に至ってしまう。それと同様に、繁殖しすぎた神が必要以上にそういった神経物質を生み出し続けることによって、脳が負の調整を受けず正の側に偏りすぎて逆に躁病の危険性が上がったり、過剰な供給による脳機能への影響、また他にも餌となる栄養分の枯渇によって飢餓状態に陥った神が脳細胞を食べ始めてしまい宿主の活動に支障をきたしてしまう例もまた数多く存在している。
人工的に創生された妖怪
妖怪を人工的に創生する思想は、人間の妖怪研究の中で必然的に確立されてきた。人間が妖怪の力を自分達で使用できるように研究していった中で、上述したような妖怪肉の摂取および血液・四肢などの器官移植による身体の妖怪化、あるいは妖怪との混血などによる「人間の妖怪化」に近い手法は、成功した際の大きな見返りの代償として、人体の変異に伴って発生する強烈な拒絶反応や副作用による犠牲者も多く出してきた。そのため、それを避けるための「人間が妖怪をそのまま使う」という考え方はあらゆる文化圏で成立しており、前述したペガサスなどの軍事利用されていた動物系妖怪は時代を経るにつれて品種改良が進み、後にはキマイラやケルベロスなどの強力な合成獣が作られるに至っている[24]。しかし更に時代が進み、各国で妖怪研究がある程度煮詰まってくるにつれ、使役に必要となる妖怪が過多な使用により激減したり、使役法の確立された妖怪類が国によって厳重な管理体制に置かれるなどの要因が相俟って徐々に廃れ始め、代わりに目的となる行動を本能で自動的に取る妖怪を一から作成する手法の意外な簡便さが注目され、自ずとシフトしていくことになる。
代表的な人工妖怪としてはゴーレムが挙がる。ゴーレムの研究自体は遥か昔から少数ながら各地で行われており、初期のゴーレムはそういった無機物内に生息する妖怪細胞を繁殖させ、それらの遊走性を利用して無機物の身体を動かす形が主流であった。しかし、石や鉄には動物の筋肉のような伸縮性がないため実用レベルの機動性を期待できなかったり、あるいは極めて重い金属の塊を持ち上げられるような強靭な妖怪細胞の開発が難航したこともあって、一般的な人型・巨人型・動物型のゴーレムは歴史を通して主流な研究対象ではあったものの、戦争などの現場で採用されるのは専ら操作・製作の簡便な、身体を砂で固めたコア型や内部機能型のゴーレムであることが多かった[25]。
近代になって、妖怪化した人体に更に機械を組み込みサイボーグ化させたフランケンシュタインなど、これまでになかった新たな使役妖怪も作られているが、昨今では機械文明の発達により登場した純粋なアンドロイドなどの方が主人のプログラムや命令を簡単に入力できる上に安全簡便であり、わざわざ妖怪を使役する必要性が極めて薄くなってしまったため開発費など資金援助が滞りつつあるのが現状である。
日本は周囲を海に囲まれた島国という特殊な立地条件から、生息する妖怪も他の地域とは一線を画した特殊な生態を備えている。霊地・霊山が極めて多く、後述する生物の妖怪化が日常的に起こり得る環境や、神種の不在・精霊族の台頭など[26]も他国ではあまり見られない環境であり、西洋において初めて日本が紹介された時に「神秘の国」と呼ばれたのは有名な話であろう。
特に百鬼夜行と呼ばれる伝統芸能は、首領の後ろを大量の妖怪が大々的に行進するという他に類を見ないもので、近年ではぬらりひょんの百鬼夜行が最大規模のものとして知られる。
鬼
日本で恐らく最もメジャーな妖怪としては、鬼が挙げられる。大柄な人型の妖怪で、頭から幾本かの角が生えている特徴がある。歴史的に現地のヒトとの関わりが恐らく最も深い妖怪であり、外見的にもヒトに極めて類似した形態を持つ。特に雄性体はヒトよりも大柄な個体が顕著であり、鬼に特有の強靭な筋力の維持に寄与している。
鬼の角の生え方は、種族にもよるがほとんどは一本角か二本角の二系統に大別される。最も個体数が多いのは二本角の種族で、基本的に頭骨の側面もしくは額の左右からシンメトリーに沿って生えるのが一般的であり、一本角系統の種でも基本的には額の中央から生えているものが多い。この角には運動に必要なエネルギーが高密度で蓄えられているケースが多く、その機能によって鬼種は通常のヒトよりも高い運動能力を手に入れており、文化的にも鬼種は自らの角の形状や存在を誇る精神性を持っているのは有名な話である。
しかしその代償として、脳を貫くが如き生え方をしている鬼種の角の生え方は、それだけで頭蓋骨に大きな負担を与える。戦闘時には脳に直接作用して強大な戦闘能力を付与する鬼の角であるが、このような目立つ突起物が頭蓋骨から生えている事は、日常の活動や移動に際しては邪魔でしかない。突起が出る程度ならまだしも、角の長さが頭一つより大きくなるような種族となると、狭い場所では角がつかえて動けないということも珍しくないのである[27]。そして、いかに角自体が太く硬い構造をしていたとしても、負担が集中するのはその根本である頭蓋骨からの角の生え際であり、如何に強固な妖怪の骨であっても、日常的に重なる疲労を避けることはできない。
ところで当たり前の話であるが、頭蓋骨とは脳を保護するための骨格であり、中には脳が入っている。詰まる所、頭蓋骨はドーム状の空洞なのであって、それほど分厚い構造を持っている訳でもない。要するに、角に強い衝撃がかかれば、頭蓋骨ごと割れて脳が潰れかねない構造なのである。通常、シカなどでは角が折れても脳に致命傷が及ばぬよう、角の生え際は頭蓋骨から僅かに離れた箇所に存在するが、鬼種は大半ではそのような形状を取っていない。
鬼種はこの問題を、頭蓋骨を分厚くするというある意味とても鬼らしい力技で解決した。妖怪型の神経細胞で構成できる脳の容量は、それに特化した小人などでなくとも通常生物細胞における同サイズのそれよりは大きい。それを生かし、脳のサイズを通常のヒトにおけるそれよりも圧縮することで、頭蓋骨を分厚く、また高度に強化することができたのである。しかし、そのために圧縮された脳機能はヒトにおけるそれよりも限定されてしまっており、一般に鬼の知能が通常のヒトより僅かに低く見られがちなのは、そのような頭蓋骨形成による脳の圧迫が関与している部分が否めない。
天狗
天狗は山林部に分布する妖怪で、大天狗や烏天狗、鼻高天狗などといった多様な亜種が全国各地に渡って分布する極めてメジャーな日本妖怪である。鼻が高い、嘴持ちなど種族差はあるが、基本的には「鳥類の翼を持つ人型」の形を取って空を自在に飛び回る鳥系統の妖怪であり、西洋におけるハーピーやガルーダの亜種という位置に分類づけられている。同系統の妖怪は世界的にも多様な種類が存在するが、とりわけ天狗は「空を飛ぶ」という極めてスタンダードなスキルに特化した妖怪であり、天狗こそが鳥妖怪の雛形であると主張する研究者も少なからずいる。またよく勘違いされるが、前述した寄生性、あるいは後述する生物変異性の後天性妖怪とは異なり、純粋な先天性妖怪である。山岳信仰の広まった中世以降、よく修験道の山伏が天狗化するという報告がなされているが、それは霊山巡りの修行による仙人化であったり、あるいは天狗が人間の目を誤魔化すカモフラージュとして山伏の格好をしていただけだったりで、天狗への変異とは全くの別物であると言える[28]。
鳥翼による空間飛行の試みは航空力学の原初のテーマであり、古代ギリシアの研究者イカロスを始めとして古くから研究が行われていた。現在でこそ只の人間の胸筋と肺活量では鳥翼によって空を飛ぶために必要な力を生み出すには到底足りないということが判っているが、この概念が近代力学の発達と揚力・浮力の概念の完成によって齎されるまで、鳥翼飛行の試みが長きに渡って挑戦者と犠牲者を出し続けていたことは語るまでもない。その挑戦が長く続いた背景の一つに、人間に酷似した外見である鳥系統の妖怪が自在に空を飛べていたという事実が人々の目の前にあったことが挙げられる。妖怪の研究が進んだ中世以降ではそういった無謀な挑戦も減ったが、彼らの存在が犠牲者を増やす要因になったのも、また航空力学の発展に寄与したのも間違いのない事実と言えよう。
天狗の筋肉は、その筋力量と密度に反して非常に軽いという特徴を持つ。そもそも筋収縮とは筋肉のアクチン・ミオシンフィラメントがエネルギーであるATPを加水分解することで一つ横にズレるという機能を連綿と繰り返すというものであり、その横滑りにおいてATPはすぐに枯渇してしまう。しかし天狗の胸筋におけるアクチン・ミオシンフィラメントはATPあたりの横滑りの距離が長く、また少ないフィラメント量で充分以上に動き、またその横滑りの力も強いという単純に「強力な筋力」を持っている。ただの人間なら到底空を飛ぶには至らないであろう華奢な体つきに見えてもそれを可能とするのは、やはり妖怪の肉体によるものなのである。
また、天狗の持つ固有の能として、風を操作する能が存在する。天狗は身体の周囲広範囲に渡って、目に見えず触れても気付かないほどの微細な体組織を展開し、その範囲に納まる空間の熱エネルギーを吸収・移動させることによって人為的に風の発生を起こす。この体組織は、神経から伝わる信号を受けて周囲の熱エネルギーを吸着・放出するだけの極めて単純な機能しか持っていないため、精密な操作は全くできない代わりに自身はエネルギーをほとんど使わずに機能することができ、連続的な風力操作能の使用を可能としている。上述した、妖怪・仙人化した人間が本来関係ない筈の天狗と同じ扱いを受ける例がある背景には、人間が妖怪化によってこの能を得るケースが存在することにある。鳥類の翼こそ生やしてはいないものの、風の能によって(エネルギー効率は生来の天狗より落ちるが)自在に空を飛ぶこともできるため、翼が無いこと以外は天狗とほぼ同等の存在となるためである。
河童 河童は河川部に分布する水陸両生型の妖怪である。類似した環境に生息する西洋のサハギンやマーマンなどの水妖が、古人類学界において長きに渡り論争の対象となっていたミッシングリンク期の類人猿の進化分岐を説明する、いわゆるアクア説の証明論拠となったことは記憶に新しい。日本においては渚原人説という名称で知られるが、河童も東国における水妖の代表例としてその証拠の一つとなったことは広く知られた事実である。
河童は日本全国各地に広く生息が確認され、大きくは外表を覆うのが鱗である亀人形態のものと毛が全身に生えた類人猿形態のものとに大別されるが、よく知られる頭の皿および背中の甲羅については所有するものとしないものとでバラバラであり、地方によって生態が大きく異なる。
一般に見られる大きな特徴は頭に乗った皿という体外器官であり、この皿に水気が無くなると力を失ってしまうことが広く知られている。河童は脳の働きに多くの水分を必要としており、それを効率よく吸収するため頭蓋骨に開いた小さな穴から常に水分を直接に脳に供給している。しかし、その穴は河童の生命線であると同時に剥き出しの急所であることも意味しており、陸上に上がった皿持ち型の河童は常に水分を頭上に補給する必要に迫られる。特に現代社会においては、大きく発展したヒト社会との取り引きのため陸上に営業に上がる河童が多くおり、コンビニエンスストアなどでミネラルウォーターを頭に補給する営業河童の姿は見慣れたものであろう。また、河童の特有技術として尻子玉を抜くという高度な痔の治療法が知られている。生態的なものというよりは河童社会の文化・職人技に近いものであるためここでは詳しくは触れないが、現代社会でも痔の専門医として街で治療に携わっている河童は珍しくない。
人間を始めとした、妖怪ではない通常生物が何らかの原因によって妖怪になることは非常に多く、先祖が通常生物であったものも含めれば、一説では妖怪と呼ばれるものの実に8割が元々は通常生物であるとも言われている。しかし、妖怪の生息数が通常生物に比べ有意に少ないことからも明らかなように、極普通に生活をしている限りにおいては当然だが通常生物の妖怪化など起こり得ない。故に、そのような現象を安定して引き起こすような何らかの外因的・内因的な因子は、総じて生物の妖怪化以外にも何がしかの強力な効用・効果などがある場合が多い。
人間においては竜など強力な妖怪を駆除した際にその返り血など体液を浴びて細胞変異を起こすケースや、山篭りを行っていた修行者が強い森林浴効果などの影響を受け続ける内に身体が環境に適応するケース、錬金術により完成した霊薬を飲む事により不老不死を得るケースなど種々の事例があるが、後述する吸血鬼の吸血行為などのように、妖怪が自らの眷属を増やす目的で種族特異的な手法を用いる場合は、特に「生殖」として区別される。また人間以外の動物が妖怪化する例も古今東西に渡って広く存在し、特に日本では九尾狐や分福茶釜などが有名である。人間の立ち入らない未開の地などに暮らしていた動物が知らず知らずの内に土地の影響を受けて妖怪化するものがほとんどであるが、そういった地脈的な力による妖怪化は動物よりもむしろ植物の方に起こりやすい。西洋では山奥の未開の地に踏み入ったら周りの樹木が全て人面樹だったなどという話は珍しくないし、異能者の血を受けることで妖怪化したマンドレイク・アルラウネなどは未だに恐怖の対象である。
活動を停止した生物生体の再動現象
動物の死骸が妖怪として再動する現象は昔から数多く報告されており、これらを特にアンデッドと呼ぶ。
俗にゾンビと呼ばれる最もポピュラーなものでは、死骸が腐食する過程で妖怪性の微生物が死骸細胞内に共生し、窒素同化に類似した非常に高効率な合成経路によって生体活動のエネルギーであるATPが生成される。この機能により、大半の生体生物のATP生産の要となっている好気呼吸、ひいては酸素運搬のための血管血流運動を行うことなく生体が活動することが可能となっている。ゾンビを攻撃してもほとんど血が吹き出ないのは血流が止まっているからであり、彼らに共通して知られる耐久力の高さはひとえに、エネルギー供給を個々の細胞が独自に行っているため、身体が多少損傷しようとも短期的にはまるで支障がないという部分に由来する。また、ATP産生の過程で生成される特殊分子が共生細胞のDNAに作用し、特異塩基を含む妖怪DNAとして再合成されることで死骸本体も妖怪化を果たし、変異は終了となる。ゾンビの身体が腐食途中の状態で止まっているのは、ある程度の比率まで死骸のタンパクが妖怪化(腐食が停止)するのに少々の時間が必要であり、それまでは別の通常微生物による分解をも同時に受けるためである。
生体の死骸を人為的にアンデッド化させるケースも存在する。人間の死体を埋葬する際、衣類や装飾物に妖怪型微生物を塗り込むことでゾンビの近似種を発生させる技術は世界的にも広く存在しており、特に包帯を用いるエジプトのミイラや[29]、符を額に貼る中国のキョンシーなどがよく知られている。妖怪化とは異なるが、類似した技術は古代日本においても存在し、呪術師が病原性・拡散性の細菌を札に塗って御所に貼り付けることで疫病を流行らせたり(俗に「呪い」)、退魔師が殺菌性・拡散性の薬を同様に札に塗って使用することでそれを抑えたり(俗に「祓い」)していたことが知られている[30]。
生体の変異を伴わない妖怪化
幽霊、霊魂などと呼ばれる妖怪は、元は人間を始めとした生物存在であり、脳組織における物理的活動の成果である意思・記憶を残しつつ生体を放棄した、非常に特異な妖怪である。生体が機能を停止した際の精神状態や場の影響などにより普通人が容易に妖怪化するという極めて異例なケースでもあり、他の妖怪とは一般に区別して語られることが多い[31]。
幽霊は生体が活動を停止した際に、その場に存在する電場・磁場などの影響[32]および生体活動停止に至った衝撃などにより、生体を構成する分子・電子の存在確率が一瞬だけ減少することにより発生する。存在確率が減少すると、生体はその減少した%部分に空気中に浮遊する妖怪型の微生物やタンパク質などを取り込んで埋め合わせを図り、しかし存在確率の減少はあくまでも死の瞬間のみの超一時的な現象でしかないため、埋め合わされた部分が空気中に押し出されて再構築されることとなる。この時、中途半端な存在確率で外に抜け出た生体タンパク質はそのまま自己崩壊を開始し、その多くは凝縮して固まることで構造の安定化を計って、人魂となって顕現する。
しかし、この自己崩壊の際、空気中に浮遊する妖怪型微生物やタンパク、他の人魂などを取り込んで再構築が成された場合、生前の姿そのままに妖怪化することとなり、幽霊と呼ばれる存在になる。あくまでも「再構築」、それもタンパク質が特殊化する再構築であるため、脳に蓄積された記憶の再現性は高くなく、一つ二つの事柄しか覚えていなかったりすることも多い。また霊化の際に、強い感情などに由来する有意な電位が発現している場合などで、霊化の確率が高くなることが知られている。その多くは生前への未練や怨念などであり、霊となった後に人間へ危害を与えるケースが昔から数多く報告されている。
DNAを構成する塩基同士は、通常の生物であれば水素結合によって繋がっている。水素結合は室温の熱エネルギーにより容易に解離する弱い結合であるが、DNAから情報を読み込むにあたっては、ポリメラーゼ活性およびリン酸化によって、容易に分解できる必要がある。何故ならタンパクの発現とは、安定状態に保存されている二重鎖DNAを一重鎖に分解し、その一重鎖をRNAポリメラーゼが読み込んで適合するコドンからアミノ酸を繋ぎ合わせるという作業から成るものだからだ。そのため、環境の持つエネルギーが極度の高低状態にあるような極地においては、生物がその身体を構成するタンパク自体が変異するか、あるいは機能しなくなってしまう。極地とは生物が存在できないからこその極地なのである。
極度の高温・高圧環境下に生息する妖怪の身体構造
一般に存在する炎の妖怪は、炎は皮脂性の潤滑液に纏わせ、身体自体は白質化した皮膚組織により炎から守る、蝋燭の原理と同様の手段で炎を操っている。皮脂腺に類似の器官より放出した即硬化性の粘着液で空気中の有機物を固め、炎を纏った飛び道具として使用するなど応用は利くが、身体自体は炎に弱いため、マグマのような極地条件ではほとんど生存できない。
マグマのような極度の高温・高圧条件に生息する妖怪の場合、遺伝子の水素結合部位のみならず、ポリペプチド主鎖までもが特殊な構造を作るようになる。通常生物の遺伝子鎖を形作っている糖-リン酸結合は、おおよそ100℃を越える熱エネルギーを受けると瓦解し、構造を成さなくなってしまうため、恒常的な高温・高圧条件下の活動を可能とする身体を構成するには著しく不向きである。そういった妖怪は総じて皮膚表面を岩石などで覆うことで身体を守っているが、それでも体温は通常の生物に比べて圧倒的に高温であるため、彼らの身体を構成するタンパク質は深海のマグマ噴出孔に生息する生物同様の熱耐性を備えている。こういった特殊な遺伝子構造は多くの場合、適合する条件下以外での生体活動に重大な支障を及ぼすため、彼らの多くは自身のテリトリーからほとんど出てこない。また、そういった妖怪は基本的に極地条件に適合したものであるため、その住処自体が適合しない他生物には近寄り難く、目撃例・接触例は極めて少ない。
活性の最適温度を氷点下に持つ生体酵素
極度の高温環境下における生物生存の絶望性は高い熱的ゆらぎによるタンパク質の変性問題にあるが、もう一つの極地、極度の低温環境下におけるそれの理由はタンパク質の分解ではなく、生物の身体の働き手である酵素タンパク質、一般生物におけるそれのほとんどが低温では活性を示すことができないという点にある。ビッグフットなどに代表されるような身体を厚い体毛で覆った大型の生物については見た目の通り、皮下脂肪を溜め込むことで面積に対する身体の体積を増大させ、熱エネルギーの体外への拡散を防いでいる。妖怪に限らず、ホッキョクグマなど寒冷地帯に生息する動物ならば珍しくもない身体構造であり、妖怪ではない通常動物の一分類といて扱われることも珍しくない程である。
しかし雪女に代表されるような真正の低温妖怪は、それらとは一線を画した特異な身体構造を持つ。彼らの体内酵素は熱エネルギーのゆらぎが極端に小さい環境でも機能するように特化しているほか、身体を構成する体液が極めて融点の低い不凍液で構成されているという特徴がある。通常、例えばヒトにおいて身体を流れる体液は俗に生理食塩水と呼ばれる塩濃度0.9%を含んだ水であるが、誰もが知っているように水の融点は0℃であり、多少の塩を含んでいるとはいえマイナス数十度となるような極低温環境下では細胞は凍りついてしまう。またヒトに限らず、極北の寒帯に生育する針葉樹などマイナス100度近い冷温で生育可能な生物であってもそこには液体としての水が必要なのであり、通常生物が体液の凍結を防ぎ続けるために使う膨大なエネルギーを必要とせずに済むという、低温妖怪の進化戦略と言える。
だがその反面として、そういった低温妖怪は分かりやすく暑さに弱いものが非常に多い。融点が非常に低い液体は当然ながら沸点も低いため、種によっては常温で血液が沸騰して死に至ってしまうものすらある。極低温環境は高温のそれとは異なり人が踏み入ることもあるため接触例は多少あるものの、その身体構成はあくまでも極地環境に適したものであり、常温環境に適応するものではないのである。
妖怪の食事体系は種によって千差万別であり、基本的には近似の通常生物が行うそれに近いことが多いものの、植物系の妖怪でありながら大きく運動して動物を捕食するものなどが数多く存在するため一概に語ることはできない。しかし、前述した通り妖怪の研究は主に人間の害になっていた種への対策としての側面が特に中世以前においては非常に強かったため、ヒトを主食とする妖怪の記録はそうでないものに比べ圧倒的に多い。
その中で、ヒト自体ではなくヒトの感情や一部体液などを主食とする特異な妖怪の記録も複数存在する。極一部には獲物を食した後に死なさないものも存在し、種によっては後遺症も微々なものや逆に獲物にとっても益になるものまである。獲物であるヒトを殺さずに食するため、他のヒトを主食とする妖怪に比べヒトとある程度の交友関係を作ることが可能であり、自分達の身体から作られる有用な物質などと交換でヒトから栄養素を貰うというような行商を行う妖怪は、世界各地に様々な種が存在する。
ヒトの体液を主食とする妖怪の食事形態[編集]
サキュバス・インキュバスなどと呼ばれる夢魔系の種族においては、他生物との性交を食事行為として行う。夢魔種はヒトに限らず、様々な種族に対応して存在しているのだが、ここでは特にヒト雄性体を捕食対象とするサキュバス種について解説する。
生物の免疫反応においては、何らかの原因によって身体のある箇所で発熱が起きると、血管壁細胞の間隔が拡張されることによって血液内のサイトカインやケモカインなどの通常血液内を流れている液性因子が拡張した血管壁細胞の間をすり抜け、発熱箇所に作用することで抗原へ対抗している。サキュバスの特殊な膣細胞から分泌される潤滑液は、性交時に対象の陰茎の皮膚の細胞間隔を拡張させる効果を持っており、それと同時に伸縮性に富んだ極めて微細な針状細胞を拡張させた対象の陰茎血管に通すことで栄養分を吸収する。この際、対象の血管および皮膚を傷めないよう特殊な麻酔効果を持つ分泌物を放出するのだが、この分泌物には性行為において脳に快感を与える神経系を刺激する副作用が存在するため、対象の性交および精液の放出を促進する作用を与えることで食事行為の円滑化にも繋がっている。またサキュバスは栄養分の摂取をこの性質に特化させて進化してきたため、逆に胃腸が退化しており固形成分の消化を上手く行うことができない。そのため喉から胃腸を介して行う食事は基本的に精液のみで、飲料として水あるいはジュース類を飲むことも可能ではあるものの、保有する消化酵素の制限からそれすら消化吸収が追いつかないこともあるため、精液以外は喉を通らないものと考えて支障はない。
ヒト精液は液質と精子に分けられ、その大部分は亜鉛とアルギニンで構成されている。アルギニンは主にコラーゲン形成および細胞増殖の促進などを行うアミノ酸であり、外見的なセックスアピールに特化した種族であるサキュバスにとっては生命線とも言える重要な物質であるため、量が少なく食事の作法によっては口や膣子宮以外に付着することも多い精液をできる限り無駄にしないよう、皮膚から吸収できるシステムが備わっている。
ヒトにおいては、皮膚は大元となる基底細胞が分裂を繰り返し、表面側へ向かって重なっていくことにより形成される。最終的に表皮となる最外殻の扁平細胞はその過程で角質化しており、この角質化した表皮細胞の下部にある顆粒細胞層が身体内外の水や溶質の行き来を防いでいるため、基本的に皮膚からは物質の再吸収は起こらない。世に溢れる美白製品というものの多くが「肌から吸収され機能するもの」ではなく「肌を保護するもの」であるのはこれが大きな理由であり、皮膚に精液を塗ることによる美白効果には疑問符が付く。精液は小腸か膣子宮のみからしか吸収されないのである。
サキュバスはこの皮膚下顆粒層細胞の特殊化によって、ヒトの精液食に特化するという他に類を見ない生態を獲得することができた種であり、ヒト社会の繁栄による恩恵を多く受けている種の一つといっても過言ではない。
ヒトの精神活動を主食とする妖怪の食事形態
俗に「人間の夢を食べる」とされる妖怪に獏がある。悪夢を見せる悪役としての役柄も多い獏だが、本来的には獏に頼んで悪夢を食べて貰うことでその悪夢を見なくて済むようになる便利な妖怪として昔から有用視されており、現代でもペットとして獏を飼っている者はさほど珍しくはないだろう[35]。
獏が主食とするヒトの夢とは、科学的にはレム睡眠時に脳から発されるシータ波の事を指す。睡眠中のヒトの頭付近に接触し、微細な器官で脳表面のシータ波を受け取ることで直接にエネルギーを受け取る。脳の電磁波自体は極めて小さなエネルギーであるため、獏は生きていくために必要なエネルギーを取るためには、それなりに長めの時間に渡って夢を食べなければならない。ヒトは覚醒時にはアルファ波が強く発現しているが、多くの獏はアルファ波には口をつけない。獏は基本的に大人しい種族であるため、覚醒時のヒトには余り近付かないか、近くにおいてものんびりと動かないでいるかのどちらかである。
また、悪夢は西洋ではナイトメアと呼称されるが、この名称はそのまま妖怪名でもある。これは東洋における獏の亜種で、特にヒトの夢の内でも悪夢の際に出てくる波を回避し、それ以外の夢を食べるという偏食的な嗜好を持っている。つまりナイトメアは悪夢を食べないため、結果としてナイトメアに居着かれると悪夢ばかりを見るようになることから西洋では嫌われており、上述した悪夢を見せる悪役としてのイメージが定着してしまっている。
妖怪の生殖能力が多くの場合において低い傾向にあることは最初に述べた。大半の妖怪は種自体の個体数が極めて少ないため、存在するかも判らない番いを作らなければ次代を残せない有性生殖のシステムは極めて非効率的である。よくある、魚類が行うような同性個体過多環境における性転換や、妖怪同様に少個体数で生殖を遣り繰りしなければならない深海魚の雌雄同体方式などを採っている妖怪も少なくはないが、妖怪の中でもそれなりの数を占める「一人一種族」の妖怪ではそもそも有性生殖という方式そのものを採用できない。
妖怪性の変異を利用した生殖的隔離の克服
生物の発生は精密に制御されている。たった一つの受精卵が分裂を繰り返すと一言で言うのは簡単だが、その過程は発生過程のある特定細胞が別の特定細胞の分化を誘導するという現象が何百重にも渡って起こり続けるというものであり、重大な誤植の一つでもあろうものなら、誤植部分に由来する細胞の分化先、および誤植細胞が誘導する他の細胞全てが正常に働かなくなり、致死に至る。正常な発生とは、親である雌雄の持つ遺伝子が精密に噛み合って初めて可能となる極めて複雑な回路であり、その同種同士の生殖においてさえ僅かな病などで簡単に不妊や流産は起こり得るのだから、全く異なる遺伝子や染色体数を持った異種族同士の交配など成り立つ筈がない。イノブタなど例があるように、系統樹の分岐が極めて近い種族間で稀に成り立つこともない訳ではないが、そうしてできた子には無理な遺伝子交雑の後遺症として、生殖能力が残らない。異種とは交配できないからこその異種なのである。
しかし、妖怪が持つ特異的な性質はそれすらをも可能とする。ある種の妖怪型ウィルスは生物の生殖器官に感染し、産生される精子・卵子の遺伝子が他生物の遺伝子とマッチするような変異を施す。通常生物においても「鳥→豚→人」のようにウィルスが宿主を変化させることは珍しくないが、この種の妖怪型ウィルスにおいては更に、感染元である種の遺伝子情報を自らにコピーし、それを基にした変異を新たな宿主の生殖器官へ齎す。例えば例に挙げたような「鳥→豚→人」への変異を経てきたものの場合、もしこれがこの種の妖怪型ウィルスの類であったならば、「鳥から感染した豚」は「鳥との生殖が可能」、あるいは「豚から感染した人」は「豚との生殖が可能」となる変異を身体に飼っている可能性があったという事である。ここ数十年においては妖怪型の性質を持っているウィルスの報告は聞かれていないが、中世以前においては妖怪型ウィルスの大流行はさほど珍しくなかった。特に西欧では妖怪型ウィルスによる疫病が流行ったことも少なくはなく、蛇とのハーフであるラミア、馬とのハーフであるケンタウロスなどを始めとした様々な半人半妖の記録が存在する。中にはこの種のウィルスへの対策研究のために本格的なビオトープが建築された例までもが存在し、特に有名な所ではクレタ島のラビュリントスなどが、人間と牛のハーフであるミノタウロスの生育研究が行われた地として名高い。
最も多いのは、自らと体格的にある程度の相同性を持つ他生物への遺伝的寛容である。ヒト型妖怪がヒトと生殖する事例は数多く報告されており、日本においても蛤女房や鶴女房などの異類婚姻譚に例が見られる。
妖怪の生殖活動の文化
そもそも生殖活動・繁殖活動への積極性を持つものが少数である妖怪であるが、しかし一切の生殖活動を行わない種は絶滅するのみとなってしまう。一見では繁殖活動を行わないように見えていても、実際には何がしかの形で子孫を増やしているか、あるいは機会が極めて少ないというだけで生殖活動そのものは毅然として行われており、種によって特有の交尾・求愛行動が見られる。
天女は特に日本近界に浮かぶ上空浮遊型隠れ里(主に天界・高天原など)に生息する亜人型妖怪の一種で、適齢期を迎えると下界(地球表面上)へと降りてくる習性を持っている。地上へ降りた天女は適当な湖畔を見つけると、羽衣と呼ばれる布状の体外器官を身体から剥離し、水辺に設置した後に自らは湖の中央以奥、設置した羽衣が見える位置に背中を向けて待機する。この羽衣はヒトの雄性体を引きつける性フェロモンを放出しており、この匂いに引き寄せられた雄が羽衣を手に取ると番いの完成となる。
本来、成層圏前後の上空に暮らす天女が地上に番いを求めるのには、環境的な原因がある。これは天界に限らない事であるが、世界的に通常環境と隔離された隠れ里では、雌性体の比率が通常に比べ高いという傾向が見られる。原因は未だ研究段階ではあるが、現在のところ隠れ里全般に見られる人や動物などの進入を攪乱する特殊かつ強力な磁場電場が、人間ひいては動植物の発生における性別決定に強い影響を与えていると考えられている。現代においても環境ホルモンの影響による動物のメス化が問題化されているが、このような理想郷と呼ばれる地域ではそれすら遥かに超えるメス化現象が起きているため、雄性体の不足から地上のヒトを番いに求めるよう進化してきた形と考えられている。
また一般に知られている天女の生殖活動において、繁殖を終えた天女が子供だけを連れて天界に戻る話が聞かれるが、これは以降の流れの中で夫が高確率で死に至るのを回避するためであると考えられている。これは番いの相手となる人間の雄が、天女の生息するような高高度環境に耐えられる生物学的な構造を持っていないのが大きい。一般的な人間において血液の温度は36℃前後であるが、成層圏の下層およそ15000m地点を超えると気圧の低下により沸点が40℃を下回り、人間では血液が沸騰してしまい死に至る。そのような高高度環境に連れて行かれた人間の生存率は極めて低く、生存のためには環境に適応する隠れ里に入るか、妖怪化により天人となることであるが、多くの場合では夫を天上から落葬する必要に駆られるため、天女は夫を天に連れて行くことを拒否する傾向があるのである。 血液を介した無性生殖の生化学的メカニズム
通常の生物とは全く異質な生殖を行う種族としては、特に吸血鬼が有名である。ヒトの血液を食物として食べる妖怪は他にもグールなどが存在するが、同時に食べられた人間を吸血鬼として増やすというのは、他の妖怪にもほとんど見られない非常に特異な手法である。
吸血によるヒトの吸血鬼化は、癌の発現原理と同様のプロセスを経る。吸血鬼は鋭い犬歯を持っており、吸血行為に際して獲物の皮膚を破ると同時に、下顎犬歯の根元に存在する吸血鬼腺[36]から、ある種の麻酔効果、および止血効果を持つ擬似唾液を犬歯を通じて注入することが知られている。また、近年の癌研究の進歩によって、吸血鬼による血液吸引によるヒトの吸血鬼化が、吸血鬼組織より放出される一種のレトロウィルスに由来することが判ってきた。
ヒトにおけるウィルス性の癌では、ウィルスRNAのDNAコピー(プロウィルス)が宿主のDNAに挿入されることで、ヒトDNAに元から多量に含まれ、通常では不活性にある細胞性癌遺伝子(プロトオンコジーン)を活性化されることにより発癌する。吸血鬼DNAも同様に、本来不活性である筈の遺伝子を活性化する効果があるが、同時に別の吸血鬼由来プロウィルスが、活性化される遺伝子にまでも挿入されてしまうため、結果として吸血鬼性のタンパク質が発現することとなる。この吸血鬼性癌前駆細胞は更なる他吸血鬼由来プロウィルスの取り込みを誘発し、転座・増幅・点変異を経て完全な吸血鬼細胞となる。この細胞はヒトの細胞増殖制御ホルモンを受けると活動が促進され、通常の癌とは比較にならない速度で増殖・転移を繰り返すと同時に周辺の正常細胞にも同様の癌化を引き起こし、およそ一晩もあればヒトの吸血鬼化は終了する。
また、吸血行為に際して注入される擬似唾液には、吸血鬼性の造血幹細胞が含まれることが判っている。ヒトの造血幹細胞移植では、造血幹細胞を失った人に他者の造血幹細胞を注入すると、血液を巡って造血部に辿り着いた幹細胞は本来それがあるべき場所に入り込み、その後の血液増殖を担うようになる。吸血によって注入された吸血鬼性造血幹細胞は、これと同様に血管を巡り造血部に辿り着くと、本人の造血幹細胞と摩り替わって造血部に納まり、以降の血液増殖を担うようになる。全く手間がかからず、かつ初めからある程度の能力を備えた成体として誕生することができるため、通常の生物が避け得ない「卵や幼体など弱い時期を狙われる」ことが無いというメリットがある。しかし、吸血行為の時間にも比例するが、基本的にDNAの変異誘発の成功確率はそれほど高くない。無闇な眷属の増加を抑える効果にも繋がってはいるが、逆にこれはと思った人間を眷属にしようとしても上手くいかないということも多々ある。そのように吸血鬼に成り損ねた人間は、多くの場合には脳に致命的な障害を抱えることになり、亡者のようにふらふらと彷徨い歩いた後に日の光によって自然消滅する。
物質に生命が宿るという現象には数多く報告があるが、全体としては目に見えない妖怪性微生物などの働きによって「動いているように見える」ものがその大半を占める。一部には木材や毛玉などの「かつて生きていた動植物の死体」が妖怪ウィルスの働きで活動を取り戻すケセランパサランなどの形も存在するが、全体としてはさほど多くはない。
一般的にはゴーレムの項で触れたような妖怪性微生物による運動が、多くの場合には使い古された人工物などに起こることで引き起こされる。日本はこういった物質型妖怪は非常に多いことで有名で、一反木綿や雲外鏡などといった雑多な九十九神系統の妖怪は、他の地域ではここまで多くはない。
無機的存在
身体構成にタンパク質を用いない妖怪においては、身体構造および意思・記憶を構成する電気信号を、有機物に頼らないシステムが存在する。
俗に精霊、特に自然霊と称されるような自然現象が意思を持ったようなエレメンタル系列の存在などは、内部にコアと呼ばれる無機的な制御器官を持ち合わせており、自らを構成する各属性の現象に干渉し調節する。火霊であれば、炎が燃焼し続けるために必要な酸素の周囲への高濃度常時供給および反応の触媒としての役割を、水霊であれば水の凝集力の向上および熱量の放出による冷気の生成、土霊は質量増加による重力制御・引力制御による形態の維持と反物質を利用した反重力浮遊能力、風霊は小規模な竜巻を常時展開するために周囲の力の流れを解析操作し、必要となる膨大なエネルギーを徹底的に効率化するなど、各精霊においてその役割は大幅に異なっている。
一方で、身体にタンパク質を含まない存在を『生物』の範疇に含めて良いのかという異論も存在する。RNAのみながら有機物を保持するウィルスですら生物として認められていないにも関わらず、これらを生物とは呼べないという研究者は数多く、エレメンタルについてもその議論は未だ平行線を辿っているのが現状である。ただ、一般に四精霊として知られる四種については、現代では水霊以外は生物型妖怪の範疇に含まれるということで一応の決着が付いている。火霊サラマンダーは炎系統の爬虫類型妖怪、地霊ノームは小人型亜人種、風霊シルフはエルフ種の高所適応型妖怪という分類であるが、水霊ウンディーネに関しては完全な水の電気的操作によって形作られる無機存在であり、エレメンタル系列の妖怪の一種に数えられている。
一般に信者・宗教者などと呼ばれる専門のメンタルカウンセラーが言葉を介した空気感染のみで患者の治療に取りかかることができ、また脳内に十分量の神を持ってさえいれば誰でも専門家になることができるため、需要の多さも相俟って神のメンタルカウンセラーは妖物学に関わる職種の中でも群を抜いて人が多い。しかし、それが時に別種の神を育てている専門家同士の競合の種になることも多く、昔から専門家達同士による痛ましい事件が絶えない理由にもなっている。