「拙者、この顔で、目おもいっきり開いてますから、切腹!」
~ 切腹 について、波田陽区
「腹を切って死ぬべきである。」
~ 小泉純一郎 について、又吉イヱス
「究極のスポーツであるセップクを極めていないだとおおお!」
~ 切腹 について、ハラキリ=セップク丸
「万が一内藤に負けたら切腹したるわ!」
~ 切腹 について、亀田大毅
「あなたの切腹に対する決意が何よりも重要だということを常に肝に銘じなさい」
~ 切腹 について、エイブラハム・リンカーン
「(向陽に)負けたことが恥ずかしい、許されないことだ、腹を切りたい。」
~ 切腹 について、野々村直通
「おぅ!マンマミーア!はーらーきーるーヤッフー。」
~ 切腹 について、マリオ沢新太郎
切腹(セックs セップク、ハラキリ)とは、日本古来の究極のエクストリームスポーツであり、芸術でもある。スシ、テンプラ、フジヤマ、ゲイシャ(ゲイシャ=ゲイ者)に並ぶ日本名物であり日本土産。最近では時代劇という形で海外に輸出されており、相撲と並ぶ日本の国技として広く認知されている。とっても痛い。プレイヤーは切腹人と介錯人の最低2人必要である。
切腹は究極のスポーツであり、これを楽しむことができるのは、IHC国際腹切評議会会長・又吉イヱスが定めたものだけですから・・・切腹!
切腹を極めるのは非情に難しく、極めるためには命と引き換えにしなければならないほど。命を失わずに極めることができたものはいない。
又吉イヱスに切腹をしてもよいと認められたものは、短刀を用いて自身の腹を切ることが許される。血がドバドバでるが、あまり気にするな、江戸後期の簡略化された切腹では扇子を腹に押し当てるだけで良い。重要なのはこの際、介錯人が一撃で首を落とさないように刎ねなければならない。これは非常に難しく、もし失敗して完全に首を刎ねてしまうと打ち首になった罪人扱いになり、さらに切断面から噴き出る血液が周囲に飛び散ってしまう。首の皮一枚で繋がっていれば芸術的と後の世に語り継がれる名誉を得ることが出来る。
なおギター侍こと波田陽区は腹を切っていないし介錯人すら付けていないため、切腹ネタで末代までの笑いを勝ち取っている。
切腹は自殺フェチの間で顕著に礼賛されている。自ら命を絶ち、不純物の混ざった腹を掻っ捌いて果てる様は、人間の魂が昇華される死の極致として、ガイジン達から畏敬されている。日本美術に強い影響を与えた画家のフェノロサは、江戸時代の生き証人達からの証言を元に、武士が切腹する絵画を何作品か手がけていたが、それらの多くは散逸してしまった。
又吉イヱスから切腹の認定を受けた人々。うらやましい。
上にも書いた通り、切腹は究極のエクストリームスポーツであるのだが、実はその上に位置する、究極中の究極といわれるスポーツがある。 それは、ギロチンである。ギロチンも又吉イヱスが定めた者しかすることが認められない。
認められた者は、ギロチン台に乗せられ、刃で首を落とすことが許される。メチャクチャ痛いがとっても楽しい。フランスの化学者アントワーヌ・ラヴォアジエは、「死んだ後も俺が瞬きしてられるか確かめてくれ」と遺言を残して喜びながらギロチンで首を飛ばされたという。現在はジョージ・W・ブッシュ一人だけしか認められていない。とてもうらやましい。
「セップク丸君!切腹は……スポーツじゃないです!」
~ 切腹 について、ゴエモンインパクト
上記のように誤認するものがいるが、やはり切腹は究極のエクストリームスポーツである。
蛇足だが、この言葉を聞いた直後にセップク丸はゴエモンインパクトを地球へと送り返し、ダンサーに転職させた。 なお、現在は永江衣玖というライバルができたとか。
2007年10月11日普通式ボクシングではポンサクレックよりはるかに弱いことが判明したとあるお笑い3兄弟芸人の次男がボクシングもどきからエクストリームスポーツである切腹に転向を表明。切腹という新たなステージにおいての活躍が全国民から期待される。