神乳(しんにゅう)とは、超乳の大きさを超え美乳の美しさを超え神の領域に達した乳である。
基本的に、乳の優劣は「サイズ」「美観」「感度」の三要素から算出される。たとえ大きくても垂れている等して美観を損なっていたり不感症だったりすれば「駄乳」のレッテルを貼られる事になる。
神乳はその三要素が非常に高い水準で纏まった乳であり、見るものに畏敬の念を抱かせてやまない。それ故に、二次三次を問わずその御姿が人前で晒される事はまずない。しかし仮に顕現したならばそれはあまりにも神々しく、穢れた心を持つものは自らを恥じて自刃してしまうだろう。
それは正に、神にしか許されない乳なのである。
定義 神乳には正確な定義はない。何故なら、人智の及ばない存在なので定義出来ないのである。宇宙の果ての向こうに何があるのか、それはこの宇宙に存在する限りわからない。それと同じく、わからないものはわからない。
美しい巨乳を指して「神乳」と呼ぶこともあるが、それはあくまで例え話のようなものであり実際とは異なる。しかしそれでも皆神乳を求め続ける。
結論を言えば、人間の想像では神乳は定義しようもない。ただ、神々しく美しい「素晴らしいとしか言えない乳」であることだけが確かなのである。
もうひとつの神乳
神乳には上記のものとは異なり「女神の乳」という意味合いもある。こちらの場合はサイズ等に関係なく「神乳」と呼ぶ。雄馬は短小でも包茎でも「馬並みなのね」と讃えられるのと同じである。
神話界における女神は皆己の「神乳」で様々な奇跡を起こしてきた。例えばギリシャ神話でゼウスの嫁にして結婚の神ヘラの神乳から溢れた母乳は天の川となり、日本神話で大国主が大火傷を負って死亡した時は貝の女神シスターズ「キサガイヒメ&ウメギヒメ」が母乳を使った薬を塗って蘇生させている。またキリスト教の聖母マリアの乳は「知性」の象徴であり、授乳はそれこそ親から子へと知性が受け継がれる儀式であると共に「知性こそが人を造る」という母性肯定の一形態となる。
近年ではアニメやゲーム等を題材にして熱心な女神崇拝者の記す経典が多く刊行され、その中の女神たちは神乳を殊更強調し人々を癒やし続けている。時代は変わろうと社会が移ろおうと、人が人である限り神乳の魅力には抗えないのである。