「うわっ・・・私の身長、低すぎ・・・?」
~ Hyde について、あのうざい広告
hyde(はいど)もしくは土井八郎(どい はちろう)または寶井秀人(たからい ひでと)は、日本の156cmヴォーカリスト・国際ハイド原器・神・吸血鬼・エセ映画監督兼俳優。近年は、虹という意味の名をもつ世界的音楽グループL'Arc~en~Cielの顔として大車輪の活躍を見せてくれている。
似た名前のミュージシャンにhibe(宇宙人)がいるが別人である。
ノーベル賞受賞者 | |
受賞年 : | 156年 |
受賞部門 : | ノーベル文学賞 |
受賞理由 : | 156という数字を神聖化 |
本名は「土井百五十六朗」(どいももいそろくろう)であることが研究により判明したが、身長は未公表。だけど156にして御年48歳。世界はそれを初老と呼ぶんだぜ。ただし、初老どころではないというもっともらしい異説もある。というのは、本州の亀頭部分に存在する土井ヶ浜遺跡で発掘された縄文人成人男性の人骨の身長が156cm(実話です。ググってみなはれ)で、それが土井の生き別れの双子っぽいというのだ。
さて、まったくの余談なのだが、このユーモアに溢れた百科事典などにおいて、100cmの長さを表す『m(㍍)』と並んで広く使われている156cmの長さを表す『hyde(ハイド)』という単位は、どうも土井が元ネタらしい。
生年月日はかつては不明であった。一時、西暦156年1月56日生まれとの噂が流れた(縄文人説に整合する)が、体長がばれるのを避け、1969年1月29日生まれである事を公表した。というわけで公式には1969年生まれということになっている。
ともかく、和歌山で15.6cmよりは大きく156cmよりは小さい大きさで生まれた。その後、小学校に156cmよりも小さな身長で入学し、156cm近くまでめきめきと成長した。
それから中学校、高校へと進学したが進路や身長など色々な面で伸び悩み高校を中退、身長156cm以上の漫画家を目指し美術系の専門学校に進学する(こうした美術センスを活かし、L'Arc~en~Ciel初期の頃にはライブの告知ポスターなどは土井がデザインしていた)。しかし身長156cmのハンディは大きく、156cm超漫画家だとか画家への道を諦める。これは、我々に分かっている範囲で彼にとって第一の挫折である。一方、15歳6ヶ月で始めた音楽活動の方だが、専門学校の友人たち(いずれも156cm超)とともにバンドを組んでいた。しかし156弦ギターの製作に失敗したことからギタリストとして活動するモチベーションを失い、みんな156cmより大きいバンドからの脱退も考える(第二の挫折)が、156cmより大きいメンバーからの奨めで身長約156cmのボーカル(ボーイ・ソプラノ)に156度転換し、その才能を一気に開花させた。
身長156cmでシャープな外見に比して、土井の性格は非常に穏やかである。西暦156年に生まれ、実に1800年以上も生きている為に(あ、もうそろそろ公式設定はマンドクサいのでこれで行きます)、土井の人生観、世界観、哲学観は深い。そう、土井は吸血鬼だったのだ! ゆえに彼は外見上、全然年をとらない。おまけに身長も不老不死というわけだ。
彼の人生にとっては一番最近の一瞬のことに過ぎないが、2008年頃からはL'Arc~en~Cielでは飽き足らず吸血鬼ロックユニット「VAMPS」(ヴァンパイアの意)を同じく吸血鬼のK.A.Zと結成し、世界各地で吸血活動を行っている。父さんや母さんや友達、親戚、恋人の血を吸って自らと同じく不死身にさせた事は有名。また、若い女の血を吸って自らも永遠の不老不死を手に入れた。
しかし、1hydeを超えない身長による障害から、吸血には高度な技術を要し、月に一度の満月の日にしか行っていない。彼の書く歌詞を見てもわかるよう、吸血鬼にも関わらず太陽に恋するという一見、謎な言動を見せる。その事により彼が太陽を信仰している事が証明された。また歌詞にも太陽やそれを連想されるワードが必ず出て来る。通常、吸血鬼は太陽光を浴びると解けて死滅すると言う特性を持っているが、彼は身長156cmの特異体質なので問題は無い。
X JAPANの名曲「紅」の一節に「俺が見えないのか すぐそばにいるのに」とあるが、これは1hydeを超えられない吸血鬼の悲哀…つまりどんなに近くにいても、否、むしろ近いほど、相手から視認されにくいという特性を歌ったものである。(吉本新喜劇の池野めだかがこれをギャグとしてひそかに採用し関西の笑いに革命を起こした)
さて、謎は多いのだが、彼の性格やEgachan Galleryエディターの得意とする妄想を手掛かりとして、hydeとして活動する前の来歴に迫っていこう。土井の存在の初見は西暦156年頃の縄文時代であり、この頃に生まれたのではないかと言う説が有力である。また彼の先述のように彼の生き別れた双子の遺骨が土井ヶ浜遺跡(土井が地名の由来)で見つかっている事から、土井本人だけが吸血で不死身だった事がわかる。
土井についての最初の記録は日本神話が書かれた「古事記」にみられる。土井の名は古代においては大国主(オオクニヌシ)として知られる。若い頃は身長が156cmだったことを理由に八十もの神から何度も迫害を受けたが、吸血鬼なので復活。その後に根の国に渡り、ウルトラマン並みの身長を誇る荒ぶる神スサノオと面会。美女であるスサノオの娘を嫁に貰うために彼に懇願したが、スサノオが巨人である事もあり、土井の身長が156cmだったことを理由になかなか受け入れてもらえず、身長が156cmだったことを理由に死ぬほど過酷な試練を与えられたが、吸血鬼なのと低身長を生かし何とか乗り越える。スサノオにも「お前は背は小さいがビッグな男だ」認められ身長156cmの小男だが「大国主」と名乗ることとなり(土井の自虐的な皮肉と言う説もある)、豊葦原(古代日本)の国づくりを開始する。しかし身長が156cmだったことを理由にアマテラスに国を受け渡す事となり、日本建国の重要な基礎を作った英雄として讃えられる。古代においては数々の過酷で波瀾万丈な試練が多かったが、身長156cmのイケメンである事と、その天性の人柄の良さで周囲の人々の助けを受けながらも乗り越えた。またあの出雲大社を建てたのも大国主こと土井で、将来は身長が天まで伸びるようにと願いを込め、自分自身を祭神とした当時としては超高層である96m(61.5hyde)の社殿を建設した。
飛鳥時代には、聖徳太子(厩戸皇子)として再び世に現れる。この頃から音楽活動を開始し「十七条憲法」や「冠位十二階の制」などといった有名な曲を書き下ろし、身長156cmの摂政・アーティストとして君臨。当時、仏教と共に伝来したばかりの琵琶ギターも作曲に取り入れたが、身長156cmだったのでなかなか上達せずに「ギターなんかやめてやるよ!!」 と諦める。しかし、音楽への情熱は冷めずに、法隆寺や四天王寺といった有名なライブハウスを設立した。また、彼のライバルとされている蘇我馬子とも実は同一人物だったことが発覚しており、蘇我馬子は自らの身長をごまかし誇張させるためのダークな別人格としてのアーティストと活動したキャンペーンだった事が証明された。まあ今で言う川瀬智子のようなものである。真実は善き人格の厩戸皇子も悪しき人格の蘇我馬子も馬小屋で生まれたと言う名前で共通している事からもわかる。ちなみに、現在のhydeの楽曲でも知られる通りキリスト教に異常なまでの憧れを示しており、高身長であったイエス・キリストが馬小屋で生まれた事から自らの出生も馬小屋で生まれた事にしたかったらしい。聖徳太子と言う名は本名よりもソロアーティストとしてのユニット名と言った方が適切かもしれない。また当時としては画期的だったジャージを着用しそれを官位服にも制定した。
土井は、平安時代末においては、源義経(牛若丸)としてその武勇を全国に轟かせていた。この頃も身長は156cmで、当時としては小さくはなかったはずだが、義経以上の豪傑の弁慶という大男が相棒だったため、ここに彼の体長コンプレックスは更に加速。よく知られるように、鎌倉幕府に追われて奥州藤原氏のもとで土井は匿われた後、低身長を活かして見つからないように逃げるように北海道に渡りアイヌ人の協力の元、156cmを超える流氷に乗ってユーラシア大陸への漂流に成功した。
その後はモンゴルでチンギス・ハンとして活躍する。モンゴル帝国初代156cmの皇帝として活動した。孫のフビライの代になってもモンゴル帝国の統治を裏から操り源氏の源の字をとり国号を「源(げん)」と改め(※後に読みの同じ「元」へ改称)、過去に自分を追いつめた鎌倉幕府に対し軍隊を送る。これがあの有名な元寇である。しかし身長が156cmだったため幕府に惨敗。元滅亡後は明(中国)に渡り身長を延ばすために修行をして仙人の称号を得たが身長は156cmのままだった。
それから、ルネサンス期のヨーロッパに移住し、神聖ローマ帝国のイタリアで同じく吸血鬼の荒木飛呂彦(モナリザ)と合流し同居する。
大航海時代には南蛮人として再び戦国時代の日本に渡り、越後の戦国武将上杉謙信から直々に依頼されて、吸血して謙信を吸血鬼にして不老不死の肉体に改造した。もうお分かりかと思うが、その謙信が今に生きるミュージシャンGACKTである。それでhydeはGACKTとは古くから親交があるようで、現在でもお互いにキスをしあう関係。また、GACKTは月を信仰している様で言うなればhydeとGACKTは陰陽の関係にあるのである。なおGACKT脚本である、義経が吸血鬼だったと言う設定の2012年の舞台『MOON SAGA -義経秘伝-』では、義経役をhydeに依頼しようと「ねえ、舞台で主役やらない?」と電話で直接依頼したが、hydeは「ごめんね、今年からアメリカでツアー(吸血遠征)やねん」と出演を拒否し、仕方なくGACKTが主演になったと言う逸話もファンの間に伝わる。
さあ、156にまつわる1560年がやってきた。1560年といえば尾張で起こった桶狭間の戦いである。この戦場で土井は、低身長と吸血衝動に悩んで乱入自殺を試みる。しかしもちろん吸血鬼なので死ぬ事は出来ない。1560年は土井が自らの不死をはっきりと自覚した記念すべき年なのである。
この戦いの後、土井は再び謙信(GACKT)と交流してから戦乱の日本を避け、再び荒木飛呂彦とともに未開拓の南米大陸に渡り、太陽の民アステカの部族長から石仮面を授かった。その事がきっかけで自身の容姿を自由自在に変化させる事が可能となり、現在の美貌を手に入れる事が出来たと言われている。だが、本命の身長の変化には期待は出来なかったようである。彼の太陽好きと太陽光を浴びても死なない能力もこの時がきっかけである。
アステカ滅亡後は、再びヨーロッパで身長156cmの初代ヴァンパイア伯爵として西洋音楽の修行をする。また土井はルーマニアを独立させた「ドラキュラ公」と知られる血を意味するブラド3世のモデルになったとも言われている。 18世紀にはナポレオン・ボナパルトとしてフランスで活躍し、軍人として積極的に吸血活動を行い勢力を拡大。身長156cm皇帝として即位した。また、あの有名な馬(実際はロバ)に乗る肖像画も身長156cmの身長を高く見せるためのパフォーマンスであった事も今や世界中が知る常識である。
続いて、これまた荒木飛呂彦とともに黒船に乗って日本に帰国し、幕末の京都でロックアイドルユニットのハシりともいえる「新撰組」を結成し、隊士として活躍。新撰組隊士・土井八郎として初めて土井と言う名を名のり尊攘派志士を斬りまくる傍ら、吸血活動も荒木飛呂彦(土方歳三)と密かに行った。その様子はアニメ「薄桜鬼」に記録されている。
明治の世になってからも急発展を遂げる祖国・日本に定住し、第二次世界大戦時には自虐的に山本五十六と自らの身長を暗示させるかの様に名乗り、身長156cmの大日本帝国連合艦隊司令長官の座に就き、真珠湾攻撃などを指揮する。
戦後の1960年代には和歌山に潜入し、学校教育を本当に受け直したのか微妙に定かではないが、とにかく専門学校には入学し、大阪でロックバンド「L'Arc~en~Ciel」を結成し、hydeとして音楽活動を再び始める。 ボーカリストとしての自信もついて、血生臭い武将や軍人などではなくこれからは芸術の体現者として日本の第一線で活躍するという志をもち、人間的にはさらに豊かな精神を持つに至ったわけだが、やっぱり身長的には大きな成長はなく、L'Arc~en~Cielの156cmヴォーカリストとしてデビュー。
デビューする際、逆立ちすると背が伸びるという話にあやかって、デビュー後も成長できるようにと156の候補の中から「ドイハチロウ」の頭の「ドイハ」を逆にした「ハイド(hyde)」という芸名を選んだ[テストに出るよ!]。ちなみに並び替えるとHyde遅漏となるのは周知の事実であろう。他に出身地である和歌山県和歌山市にある地名「道入」を逆さ読みしてハイドとする説もあるが、有力な説としては英語で隠れる事をhide(ハイド)と言い、土井は低身長のため周囲からよく隠れると言う特技を持っているため、それを自虐的に採用したと言う話もある。
hydeは、1998年10月に全国ツアーの打ち上げで身長156cm以上の大石恵と出会い、2001年春に結婚したが、出会った当初は彼女の目線から見下した雰囲気を156HP(hyde-pascal)ほど感じたりしたため、あまり好きではなかったという。しかし、彼女と156回ほど会っているうちに、彼女の問題ではなく自分自身の身長が問題なのだということに気付き、大事なことに気付かせてくれた彼女のことを、いつしか大切に思うようになっていたのだという。婚約記者会見中に「恵にあったとき、俺はイチコロ(156)だったよ」といって、東海林のり子はhydeの身長が156cmだということを悟った。結婚後は「足を痛めるから」といってハイヒールやブーツを履かせないなど、愛妻家ぶりを発揮している。
済まない。最後にちょっとだけだ、ちょっとだけ、Wikipediaの話に戻らせてくれ。あそこでは、hydeの身長を書くと156人のウィキペディアンに消されてしまうのだッ!! そうなのさ、信じられねえかもしれねえが……つまりだ、それはhydeの身長=1hydeと言うのはもはや改変が不可能であり、GFDLの闇魔法156を打ち砕くことが出来ないから、ということなのであるゥ・・・ッ!!(ウィキペディアにおける85.25.140.160氏の会話ページ)。
whois情報によるとwww.hyde156cm.comの管理者であるが、現在、当該ページは公開されていない。
Hydeは156cmであると同時に5.5頭身であるという事実も分かっている。外部ページの資料によると、155~160cmの男性の場合はおおむね6.5頭身から6.7頭身くらいが普通なのに対し、なんとHydeは5.5頭身である。つまりHydeは身長が低い割に頭が結構長い(でかい)ことが分かる。
MEWというデンマーク出身のバンドが、この人物をモチーフに作った楽曲「156」を製作している。1stアルバムに収録。
天使禁猟区という漫画に出演しているが、その際も身長は156cmである。
コンプレックスの裏返しなのだろうか。hyde(土井)にとって、神聖なる数156へのこだわりは、なぜか年を重ねるごとにどんどんエスカレートしている。
2012年1月27日、欧州原子核研究機構(CERN)が提出した『THE HYDE』により1hydeの長さが161cmであるとする発表を行った。これは国際単位系の整合性を揺るがす由々しき事態であり、コペンハーゲンに本部を置くによる作業部会が設置されることとなっている。Hydeによるこの主張が全面的に認められれば、全てのhyde原器を基にした単位系がすべて1.032倍されることになり、またこの記事の全面書き直しが必要となってしまう。なお、hyde原器が依然として成長段階にあるために、このような見直しが必要となったのではないかと考えられ、単位改正には慎重な見方がされている。
「国際研究実験OPERA」のチームが、ジュネーブのCERNから約730km離れたグラン・サッソのイタリア国立物理学研究所研究施設までhydeを並べたところ、約0.16hyde足りないながら4534hydeで到達する事が判明し、従来の156cmより5cm長いことが証明された。1万5000回行われた実験のほとんどで同じ結果が示された。
これに伴い、1hydeが156cmであることを証明する土井相対性理論を含む以下の記事は全て再検証の上、各国の研究機関にて「国際研究実験OPERA」のチームによる実験方法、計測方法の不備という可能性を含め、現在も検証作業が行われている。
「おいおい、釣りは要らねーぜ!!!」
~ 自身の身長をめぐる某ネット掲示板の議論 について、hyde
「デビュー前も、デビュー後も、誰かを見下した事なんて一度もないよ。」
~ トップアーティストとしての心構え について、hyde
「決して立ち止まったりはしない。死ぬまで成長し続けるアーティストでありたい。」
~ 今後の活動 について、hyde
「俺は誰よりもあいつの事を愛していた。でもあいつは、そんな俺の事を裏切ったんだ。
だけど俺は、これからもずっとあいつの事を愛し続けるだろうな。バカみたいかもしれないけどさ。」
~ 牛乳 について、hyde
「悪かったな。調子に乗って」
~ サントリーBOSS について、hyde
「Hydeはあたしの物よ。でも、見下してキスするのはちょっと気が引けるわね。」
~ Hydeの愛人 について、希里亜
「俺はどこまででも上に行きたい。チェホンマンのような魂を持って。」
~ 整骨院の医者 について、hyde
「俺はいつまでも兄貴と呼ばれる存在でいたい。それだけのことさ。」
~ 小学生 について、hyde
「俺ああいうチャリティとか大っ嫌い。募金は156円しか届かない」
~ 東北関東大震災 について、土井八郎
「すごいいいことだなあって最近思うようになって、俺も変わってきました。 じゃあ次の曲はそういうことへの思いに気持ちをこめて作った曲です 星空」
~ 東北関東大震災 について、どっちやねん!
この節を書いた人は当局により粛清されました。 |