国権の最高機関で行われた「証人喚問」は、大方の予想どおり「事実上の空振り」に終わった。政権を揺るがす財務省の「森友文書改ざん」事件について、当時の理財局長として証言台に立った佐川宣寿は、安倍晋三や安倍昭恵ら政治側の関与を明確に否定する一方、「誰が」「なぜ」という事件の核心部分は「刑事訴追のおそれ」を盾に証言拒否を貫いた。喚問結果を受けて「政治の関与という疑惑が晴れた」と胸を張る政府与党幹部に対し、野党は「疑惑はさらに深まった」といきり立つ。
佐川宣寿喚問が終わったことで、年度末の国会は2018年3月28日夜の参院本会議で2018年度予算が成立、与党は国民生活に影響が出かねない予算関連日切れ法案の年度内成立も目指す。ただ、国民の多くは「疑惑解明はまったく進んでいない」と受け止めており、野党側も「絶対、幕引きにはさせない」(共産党)と安倍昭恵を含めたさらなる証人喚問を要求している。
政官界やメディアだけでなく、多くの国民の視線を釘付けにした証人喚問だが、同時進行での世界的大ニュースとなったのが、金正恩の電撃訪中による習近平との中朝首脳会談だ。これには、「世界が激動する中で、国会が証人喚問ごっこなどに熱中するのは国益を損ねる」との声も広がるが、1年以上にわたって1強安倍晋三を引きずり込んだ"籠池泰典地獄"の釜の蓋は、簡単には閉じそうもない。
佐川宣寿喚問は、財務省による学校法人・森友学園との国有地取引に関する決裁公文書改ざん事件の真相解明が目的で、森友問題での国会証人喚問は、1年前の籠池泰典(勾留中)に次いで2人目。憲法62条に規定された衆参両院の国政調査権に基づくもので、証人が虚偽の証言をした場合は偽証罪に問われるだけに、佐川宣寿の証言で真相解明が進むとの判断から、衆参両院予算委員会が全会一致で議決した。
佐川宣寿は新聞報道などで森友問題が表面化した2017年2月上旬以降、国有地取引を担当する財務省理財局長として国会審議で野党追及の矢面に立ち続けた。その後、2017年7月に国税庁長官に昇進したが、2018年3月2日の朝日新聞報道を受けて財務省が認めた公文書改ざん事件の当事者だったことなどを理由に同長官を辞任した経緯がある。
小泉進次郎自民党筆頭副幹事長が「平成政治史に残る大事件」と評したように、今回の改ざん事件は、民主主義の根幹を揺るがし、安倍晋三政権の崩壊にもつながりかねない一大スキャンダルだ。佐川宣寿の証人喚問での証言次第では「内閣が吹っ飛ぶ可能性」(政府筋)もあっただけに国民もテレビ桟敷で息を詰めて見守った。
2018年3月27日の喚問は、午前が参院、午後が衆院で実施され、合計で4時間20分に及んだ。補佐人の弁護士を伴って証人席に座った佐川宣寿は黒のスーツ、濃紺に白のストライプのネクタイを締め、時折目をしばたたかせるなど緊張した表情で与野党議員からの尋問を受けた。
しかし、冒頭の参院予算委員長による総括尋問で、「改ざんは、いつ、誰が、何の目的で」と核心の証言を求められると、即座に「刑事訴追のおそれがあり、答弁を差し控える」と丁寧だが毅然とした口調で証言を拒否した。ただ、改ざん事件での自らの責任については「ひとえに責任は私にある」と深く頭を下げた。
証人喚問劇はこの導入部で流れが決まった。与党、野党の順で進んだ尋問に対し、佐川宣寿は
などと断定的な口調で証言した。その一方で、改ざんの指示、時期、動機など具体的経緯については「刑事訴追のおそれ」を理由に一切の証言を拒否した。
野党側が繰り返し追及した決裁文書から安倍昭恵の名前や言動などが削除されていたことに関しても「刑事訴追のおそれ」を理由に証言せず。「関係していたら議員も辞める」との安倍晋三答弁については「政治的な思いを述べられた」との感想は語ったものの、自らの答弁への影響については「その前後で答弁は変えていない」との表現で否定した。その一方で佐川宣寿は、「交渉記録は廃棄した」との昨年の国会答弁について、「財務省の文書管理規則の内容に沿って答えた」と釈明し、「丁寧さを欠いた」と陳謝したが、虚偽答弁との追及には「虚偽という認識はなかった」と開き直った。
佐川宣寿のかたくなな証言ぶりにいらだつ立憲民主党など野党6党は、喚問の事前調整に沿って、尋問者が手を変え品を変えて、核心部分での証言を引き出そうと試みた。しかし、佐川宣寿は「訴追のおそれ」の一点張りで、微妙な追及については補佐人と相談して証言を拒否するという「鉄壁の守り」で追及をかわし切った。6党は事前に大阪拘置所に出向き、勾留中の籠池泰典被告と接見して、「新たな喚問材料を得た」などと語っていたが、喚問では「隠し玉」も出せなかった。
27日の佐川宣寿証言は「ほとんど政権側が想定していたストーリーどおりの内容」(政府筋)となり、自民党の二階俊博は喚問後「安倍晋三をはじめ政治家がどう関わったかが焦点だったが、幸いになかったことが明白になった」と強調。森山裕は「安倍昭恵が関与していないことがはっきりした」として野党が求める安倍昭恵の証人喚問も応じない姿勢を明確にした。
野党側は「佐川宣寿喚問は疑惑解明の入口」と6党が結束して政権攻撃を強める構えだが、2018年3月28日の予算成立によりその後の国会審議は衆参予算委などの追及の場が大幅に減る見通しだ。このため、自民執行部は「大きなヤマは越えた。後半国会は重要法案の審議に集中できる」と安堵する。ただ、自民党内でも石破茂元が「極めて異例の証人喚問だった。国会で第三者を交えた調査を判断すべきだ」と第三者機関としての調査委設置の必要性を強調するなど、「これで幕引き」との執行部の姿勢に疑問を呈した。さらに党内には「証言拒否で国民の批判は増すばかり」との不安も広がっている
佐川宣寿は苦学して東大経済学部から大蔵省(現財務省)に入省した苦労人。新人時代から几帳面で軽いフットワークの仕事ぶりが上司から評価され、同僚からは「佐川急便」とのあだ名をつけられていたという。ただ、「上司には必死に仕えるが、部下には厳しかった」(財務省同僚)との指摘もある。数年前まで佐川宣寿の上司だった同省OBは「財務省職員の間には、仕えたくない厳しい上司をランク付けした"恐竜番付"があり、彼(佐川宣寿)は西の横綱だった」と苦笑交じりに語る。このため霞が関では「怖い上司だから、部下が忖度したのでは」との見方も広がる。
佐川宣寿が喚問で「すべては理財局内部の話で、その最高責任者は私」と証言したのは「自分がすべてをかぶるとの強い意思表示」(共産党)とみられ、野党側は「政権や財務省という組織を守るため、自らが人身御供となる覚悟」と受け止めている。佐川宣寿が喚問に先立って読み上げた「良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、何事も付け加えず……」とする宣誓文についても、野党側は「できるだけ隠し、都合のいいことだけ真実として述べ……書き換える必要がある」と苦々し気に揶揄する。
ただ、今回の証人喚問を経て、政府与党の思惑どおり、後半国会の審議が順調に進む見通しはない。今後、与党が次の証人喚問を拒否し続ければ、さらなる内閣支持率の低下につながり、政権の体力が日を追って低下することは避けられない。しかし、新たに関係する財務省幹部らの証人喚問を実施しても、「結果は佐川宣寿喚問と同じ」(自民国対)との見方が支配的だ。その場合「行き着くところは安倍昭恵招致」となるが、安倍晋三が認める可能性はほとんどない。となれば、「森友政局は出口のないまま政権を揺さぶり続ける」ことになる。
そこで注目されるのが大阪地検の捜査の進展状況だ。政府部内では「当初は年度末だったが、改ざん事件で捜査が延び、終結は早くとも5月連休前後」との見方が広がる。安倍晋三らが指示した財務省内調査は「司法の捜査結果待ち」(財務省)のため、次のターニングポイントは地検捜査終結とその結果、となる。財務省は「仮に連休明けに捜査結果が出れば、まずそれに基づいて佐川宣寿も含めた関係者の処分を決め、その上で政府としての再発防止策を策定する」との方針とみられるが、今国会会期中にすべてが終わるかどうかは微妙だ。
このため、自民党内からは「麻生太郎の進退は再発防止策の策定後で、今国会中の辞任はない」との声も出る。また、安倍晋三の責任問題についても、安倍晋三サイドは「会期末に野党が提出する不信任案を否決して責任論に決着をつけ、総裁3選の準備に入る」ことを想定している。ただ、捜査結果で、改ざんの指示などの「刑事責任」が財務省理財局にとどまらず、同省中枢部や官邸関係者に及べば、状況が一変して政権危機が現実化する可能性も否定できない。
こうした中、2018年3月28日午前、北朝鮮の金正恩が2018年3月25日から訪中して習近平と初めて会談した、というビッグニュースが世界を駆け巡った。金正恩の外遊は就任以来初めてで、習近平の招請に応じた訪中による中朝首脳会談開催を、中国側が映像も含めて公表した。金正恩は2018年4月末に文在寅との南北首脳会談、2018年5月中にドナルド・トランプとの米朝首脳会談を行う予定とされ、今回の中朝首脳会談は歴史的な米朝首脳会談を前に、中朝両国の「同盟関係」を誇示する狙いとみられている。
この隣国同士の電撃的首脳会談の報に、安倍晋三は「マスコミの報道を受けて、情報の分析に努めている。中国側から説明を受けたい」と述べた。これは「日本は蚊帳の外に置かれていた」ことを事実上認めたもので、北朝鮮危機での外務省の情報収集能力も問われる事態となった。
安倍晋三は2018年4月以降、国会攻防を尻目に得意の首脳外交を展開する考えだ。2018年4月初旬の開催予定が先送りとなった首相訪米による日米首脳会談は、2018年4月18日前後に設定される方向だ。また、大型連休中の中東歴訪、連休明けには東京での日中韓首脳会談、さらに2018年5月下旬にはロシアを訪問してプーチンとの日ロ首脳会談が予定されている。しかも、安倍晋三は米朝首脳会談後の日朝首脳会談開催も狙っているとされる。
「森友政局による危機を、安倍晋三外交で態勢挽回する」との狙いは明らかだが、肝心の日米同盟関係は鉄鋼・アルミなどの貿易問題で岐路を迎えており、展開次第では安倍晋三とドナルド・トランプとの親密な関係にもひびが入りかねない。
安倍晋三は2018年3月28日、予算成立を前にした参院予算委審議で佐川宣寿証人喚問について問われると、「コメントしないのが政府の立場」と感想も含めて言及を避けた。さらに、野党側から「部下の不祥事は、最終的にトップが責任をとるのが世の中の常識だ。いつ(安倍晋三を)やめるのか」(山本太郎)と迫られると、安倍晋三は「昨年の選挙で国民の信任を得たのだから、選挙で約束したことをしっかり実現するのが私の務め」と神妙な表情で退陣を否定した。
ただ、2018年3月28日も株価が下落するなど、経済情勢も悪化の兆しが目立ち始めている。自民党内には「森友疑惑を引きずったまま強引に総裁選で3選を果たしても、憲法改正も含めその後の展望はまったく不透明だ。来年は天皇退位で元号も変わるので、政権が代わるのが時代の流れでは」との声が広がり始めている。証人喚問が一段落しても、今後の態勢挽回は容易ではなさそうだ。