自ら戒めた「築城3年落城1日」に現実味も
春分の日に首都圏で大雪という異常気象と符合するように、安倍晋三を頂点とする中央政界も"森友政局"で物情騒然となっている。年度末直前に混迷を極める国会は、財務省による公文書改ざんという驚天動地の不祥事の最終責任者と名指しされた佐川宣寿の証人喚問を、2018年3月27日に実施する。ただ、現状を見るかぎり「これにて一件落着」どころか、「喚問が与野党攻防の泥沼化の引き金」(自民幹部)にもなりかねない。山積する内外の難題への安倍晋三政権の対応が問われる中、永田町政治の混迷は「まさに国難」(首相経験者)の様相を深めている。
永田町と霞が関の与野党政治家や官僚たちが息を潜めて見守るのは、森友政局の行き着く先だ。視線の先にあるのは「安倍晋三政権の存続の可否」だ。すでに関係者の間では、「中央突破による自民総裁3選での続投」から「国会会期中の安倍晋三退陣」まで、さまざまな政局シナリオが飛び交い始めた。
与野党は2018年3月20日、学校法人・森友学園への国有地売却に関する決裁文書を財務省が改ざんした問題で、当時の財務省理財局長だった佐川宣寿を証人喚問することで合意した。2018年3月27日に、衆参両院の予算委員会がそれぞれ実施する。政府・自民党内では「まずは参考人招致で」(政府筋)との意見も強かったが、安倍晋三が2018年3月20日昼の山口那津男との自公党首会談で、証人喚問を受け入れる立場を明らかにした。喚問が2018年3月27日になったのは、必要な事務手続きがあるためで、政府与党は「佐川宣寿喚問」で国会審議の迷走に歯止めをかけ、(1)2018年3月28日の2018年度予算成立、(2)2018年3月30日の予算関連日切れ法(2018年4月1日施行が予定されている法案)の成立、を目論んでいる。
ただ、年度末の国会運営が政府与党の思惑どおり進んだとしても、後半国会の与野党攻防は「まったく見通しが立たない状況」(自民国対)だ。佐川宣寿の喚問では、公文書改ざんをめぐって、安倍晋三や安倍昭恵の影響の有無や「何のために、誰が指示したのか」という具体的経緯の解明が最大の焦点となるが、「何を言っても、疑惑解明への入口にしかならない」(立憲民主党)との見方が支配的だからだ。
野党側の追及の矢面に立つ麻生太郎は2018年3月20日の参院予算委で、「(改ざんは)安倍昭恵への忖度(そんたく)が働いたのでは」との質問に、「(記載された交渉経緯からみて)時系列という感じからいくと、そういうことになるかも知れない」と語った。もちろん、安倍晋三や麻生太郎は「忖度などなかったと考えている」(麻生太郎)という立場だが、この発言を「佐川宣寿証言への予防線」(立憲民主党)と受け取る向きもある。
これまでの国会では、政権のスキャンダル絡みで実施された証人喚問で「疑惑の霧が晴れたケースは皆無」(共産党)とされる。故田中角栄元が絡んだロッキード事件の喚問では、証人が「記憶にない」を連発したが、今回の場合は「動機や指示」という肝心な部分で、佐川宣寿が「刑事訴追のおそれ」を理由に口を閉ざす可能性は極めて高いとみられている。
その場合、野党側は国有地売却交渉時の理財局長だった迫田英典や、交渉内容について財務省に問い合わせた元首相夫人付き職員の谷査恵子(在イタリア日本大使館駐在)、さらには「疑惑の本丸」(共産党)と位置づける安倍昭恵の喚問要求で攻勢を強めるのは確実だ。
もし、佐川宣寿が自らへの刑事訴追も覚悟して「改ざんを指示した」「政権への忖度はない」と証言したとしても、「それを証明する物証でも出ないかぎり、疑惑が晴れたとはいえない」(共産党)のが実情だ。野党側は佐川宣寿から指示を受けた職員の特定や喚問実施を要求し、国会審議が「証人喚問という政治ショー一色となる」(自民幹部)ことは避けられそうもない。当然、後半国会で安倍晋三が「革命的な改革」とした働き方改革関連法案の成立も困難となり、安倍晋三政権の危機は拡大する。
自民党長老として安倍晋三を支える高村正彦は2018年3月20日の党役員連絡会で、「失点を最小限に抑えるよう努力したい」と強調したが、党内には「"安倍晋三斬り"で事態が収束するはずがない」(ベテラン議員)との危機感が広がる。閣内には「非常に憂慮している」(野田聖子)など危機感を露わにする閣僚が多く、安倍晋三サイドからも「混乱が続けば、政権が野垂れ死にしかねない」(閣僚経験者)との深刻な声がもれてくる。
こうした中、市民団体の告発を受けて公文書改ざん問題を捜査している大阪地検特捜部は、証人喚問の内容も受けて、佐川宣寿本人から任意聴取する構えをみせている。このため当面は「証人喚問と、財務省内の調査と、地検捜査が複雑に絡み合って疑惑解明が進む」(政府筋)という状況が続くことになる。麻生太郎や財務省当局が「最終的には司法の捜査結果が出ないと、関係者の処分や再発防止策が決められない」との立場を維持している背景には、「地検の捜査を理由とした時間稼ぎでじっと事態の鎮静化を待つ」(自民幹部)という"持久作戦"もちらつく。
与党内では「いつでも辞めてやる、と息巻く麻生太郎に対し、財務省による再発防止策を理由に、安倍晋三が続投を求めた」(自民長老)との見方も広がっている。ただ、「政権崩壊を防ぐために麻生太郎の辞任を引き延ばせば、さらなる内閣支持率低下につながる」(自民若手)ことは避けられそうもない。最新の世論調査でも「麻生太郎の辞任」より「安倍晋三が責任をとるべき」との声のほうが多数で、「政権維持を考えれば、時間稼ぎは逆効果」(同)との指摘もある。
そうした中、自民党内ではすでに2018年9月の総裁選による首相交代を視野に入れた、各派閥や実力者の蠢(うごめ)きが始まっている。それぞれの思惑は異なるが、安倍晋三の出処進退に絡めて想定されているシナリオは、(1)任期途中の退陣表明、(2)2018年9月の総裁選への不出馬表明、(3)総裁選出馬による3選、に大別される。いずれも「今後の展開次第で可能性が大きく変動する」(自民幹部)のは間違いないが、関係者の間では「現時点では(1)が1割、(2)が6割、(3)が3割」との見方も出ている。
仮に、佐川宣寿が証人喚問で改ざん問題について「政権中枢部からの指示で行った」などと証言すれば、これまでの安倍晋三らの国会答弁での説明は完全に崩壊し、安倍晋三退陣に直結する。また、「安倍晋三の国会答弁との整合性を図った」「安倍昭恵の行動も忖度した」ことなどを認めても退陣論が加速する。
一方、佐川宣寿が「虚偽答弁」を認めながらも、政権への忖度など肝心な部分について「刑事訴追のおそれ」を理由に証言を拒んだ場合は、「政権との関わりはグレーゾーンのまま」(政府筋)となる。さらに、佐川宣寿が「改ざんは私の指示」「虚偽答弁を隠すため」などと証言すれば、同氏を改ざんの最終責任者とした麻生太郎らの主張どおりとなり、安倍晋三自身が進退を問われる事態は回避される。
つまり、佐川宣寿の証言次第で安倍晋三の進退に関する政局シナリオは変わるわけだが、永田町では「結果的にグレーゾーンで終わる可能性が極めて高い」(民進党)との見方が支配的だ。となれば、「いつまでも疑惑解明が進まないまま時間が経過し、内閣支持率が危険ゾーンとされる2割台に落ち込んで、安倍晋三も国会閉幕後などの政局の節目で3選出馬断念を表明せざるを得なくなる」(自民長老)とのシナリオが現実味を帯びてくる。
政府与党首脳間では「どんな状況になっても、拒否せざるを得ないのが安倍昭恵の証人喚問」との判断が支配的だ。安倍晋三に「妻か政権かの、究極の選択を迫る」(官邸筋)ことにもなりかねないからだ。しかし、佐川宣寿証言が「グレーゾーン」で終われば、野党側の最終標的が安倍昭恵の証人喚問になるのは間違いない。
連日、国会答弁を続ける財務省の太田充も、2018年3月19日の参院予算委集中審議で、決裁文書から安倍昭恵に関する記述が削除された理由について、「総理夫人だから」と"意味深"な発言をしている。与党内でも「国会の場かどうかは別にして、安倍昭恵本人の説明がないと、疑惑は永遠に晴れない」(ベテラン議員)との声は少なくない。
ここにきて急浮上した「文部科学省への自民議員の圧力事件」も政権への打撃になっている。前川喜平が名古屋市立中学校で行った講演の経過などを文科省が調査した問題だが、いわゆる"安倍晋三チルドレン"とされる若手議員の介入があったことが表面化し、党内外で批判を浴びているからだ。文科省は「主体的な判断だった」と釈明するが、関係者は「ありえない事態」(文科省幹部OB)と呆れ、メディアも厳しい追及を続けている。このため、安倍晋三サイドも「あまりにも悪いことが重なりすぎる。泣きっ面に蜂だ」と頭を抱えている。
第2次安倍晋三政権が4年目を迎えた2016年、安倍晋三は1月1日付けの年頭所感で「築城3年、落城1日」という警句を引用した。「政府には常に国民の厳しい目が注がれている」と政権運営に緊張感を持って臨むために自らを戒めたものだ。それから2年3か月、「安倍晋三にとって現在の心境は、この警句どおりでは」(政府筋)との声も広がる。
安倍晋三の進退も含め「森友政局」の行き着く先はどこなのか。不安のささやかれる体調も含め、すべては1強宰相の判断次第だが、どうやら「政界には安倍晋三の心象風景を見極められる人物は一人もいない」(自民長老)のが実情のようだ。