Dictionary

禿

禿(はげ)とは、頭髪の欠乏である。

概要

「語りえない禿については沈黙せねばならない」 - この鉄則は、かの天才哲学者ウィトゲンシュタインの主著たる「論理哲学論考」の結論に由来するとされている。しかし、禿に禿という事実を伝えることが犯罪であることは、ウィトゲンシュタインを待つまでもなく知れ渡っていたことである。

禿の前では禿という単語を発声することさえタブーだとすることは、禿の発生と同時に生じた世界共通の伝統であり、不文律であった。禿は語りえないほどの恐るべき苦悶であり、いつまでも未知に留まるであろう「死」への前触れとなるものである。禿はいつまで人類の頭を犯し続ければ気が済むのだろうか。

不毛な歴史

禿は人類の問題であった。それは恐るべき難題であった。全ての挑戦者を不毛なる者としてあっさりと退けてきた。歴史は繰り返す。これからも人類最大の未解決問題の一つとして、悪魔のように猛威を振るい続けることには変わらないだろう。

禿になることに恐れを懐く禿予備軍と禿たちが、いくら涙を流して祈っても不毛の努力というものなのだ。疾風怒濤の時代にも、大地が揺れ動き裂けた時にも、地球が回っていることに気づいたときにも、禿は揺らぐことはなかったのだから。禿は、古今東西の禿たちの真剣な死に物狂いの努力を拒み続けてきた大いなる壁、高山であり続けるに違いない。「禿山にいかに必死に登ってみても、登るほど薄くなっていくのは必然なのだと観念すべき時なのかもしれない」 - あらゆる禿によって、繰り返し繰り返しこのように自分に言い聞かせるように考えられてきたのも無理はないのだろう。

禿の中には天才として崇められてきた偉人もいたし、いつの世にも禿の天才がいるものだ。禿の文脈でハゲた天才の名前を挙げることはタブーなので、名前は伏せねばならない。だが、凡人には信じられないくらいあっさりと華麗に難かしいことを成しえてしまう彼らにしても、こと禿に関してはどうすることもできない。時の経過と共に為す術もなく、順調かつ地道にそして確かな足取りでハゲていったということは、実に明々白々なことであり、周囲の人々に取っては光り輝く事実であった。

それは人間の知性に大きな疑問符が張り付けられたということを意味しており、頭髪の消滅は人間の知性では防ぐことができない定めだということを意味している。

「一体、禿を解決できない人間が、何かを解決し偉大な事を成し得たとして、それがなんになろうか? 禿を直せない程度の低い生き物の哀れな気晴らしにすぎないのではなかろうか? それとも禿はいかに偉大な人間でも、どうすることもできない自然の定めなのだろうか。 どちらにしろ人は運命に弄ばれる無力な塵芥なのではないか?」 - このような疑問と絶望を、禿は人類に突きつけてきた。

禿は人間の誇る知性が無力であることの証左として、人類の目の前で憎憎しいまでにテカり続けてきた。人類は禿の前に敗れ去り、自尊心を著しく傷つけられ、そしてやけ酒の海に深く打ち沈んできた。

禿は不幸の源泉であるため直視することはタブーとされた。タブーにすること自体が不毛であるにもかかわらずだ。それもこれも、禿が人類の1%の才能と99%の努力をあざ笑うかのようにテカり続けてきたためである。「お前の頭脳は不毛だ、お前の努力も不毛だ、お前の頭のようにな」といわんばかりに。


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Last-modified: 2019-10-28 (月) 23:52:15