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バレンタインデー

バレンタインデー( St. Valentine's Day )とは世界では愛を誓い合う日であり、キリスト教から正式に切り捨てられた日であり、日本では製菓企業の陰謀か本物の愛と義理の愛、そして友愛や自己愛がチョコレートを介して飛び交う日である。バレンタインデーが2月14日であるのは後述するヴァレンティヌスの命日(という設定)だからであり、この元聖人の処刑された時代のヨーロッパ大陸に存在しないチョコレートが飛び交うのは菓子屋の陰謀である。

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【悲報】バレンタイン98%の幼女からNO!をつきつけられる

概要

食品関係の資本主義社会の中では、企業にとって正に濡れ手に粟のように高い菓子が売れる「一年一度のチャンス」の日であり、モテない男子にとっては地獄の日である。自分恋愛資本主義社会の中でどの地位に存在しているのかを確認し、一部のブルジョワジーに対して殺意を覚える悪魔の日。ゆえに日本共産党員やジュウシマツ大総統などの社会主義者は、これを「ブルジョワジーのイベント」として嫌悪する傾向にある。

1年に販売されるチョコの内、4分の1はこの時期に集中して販売されるというから、どれだけ利益が上がるか想像がつくであろう。それはパチンコ・宝くじなどと同様に、庶民からいかに効率的に金を貪るか考える努力を重ねた結果でもある。

近年では後述の内容より「血のバレンタイン」と呼ばれることもあるが、血のバレンタインは単に生臭い事件が偶然2月14日に起きただけであり、本来のバレンタインとは何も関係がない。従って血の2月14日が正しい名称である。

歴史

エクストリーム殉教。この距離を徒歩で最低三往復。リミットは2年間。バレンタインは戦乱状態の道中、敵兵、山賊、海賊の中を走り抜け、奇跡を起こしながら皇帝が死ぬ前に辿り着かねばならない。
無慈悲な鈍足。なお馬は貴重で軍でも1%しか乗れなかった模様。

「どっかの皇帝がぁヘータイのぉケッコン禁止とか言い出したんだけどぉ、バレンタインはぁカッポーLOVEだったからぁ、LOVEケッコンさせてあげてぇ、皇帝にガチギレされてぇ処刑された日(*^^)v」
    ~ バレンタイン について、日本のJK

バレンタインデーは一年に一度愛を誓いあう聖なる日と当然に思われているが、それは二次元の人物のヴァレンティヌス(ヴァレンタイン)という司教が、キリスト教を迫害せず当時のキリスト教徒から「この皇帝さまの治世は最高!」とまで書き残されてるローマ皇帝に、こいつだけピンポイント迫害を受け異次元の手を使って時系列がおかしくなりながら2月14日処刑されたことに由来する。

168年に病床に伏し、169年の初めには死んでいる遠く離れたトルコ付近の戦場最前線にいる皇帝が、イタリアのちいせえ田舎町のめぼしい功績もなく有名でもない司教の動向を逐一チェックできるわけもなく、当時の移動速度理解してないだろ等の突っ込みも聞き流し、それでも169年2月14日に処刑されたんだもん!と可愛い幼女が真っ赤な顔でじたばたしながら主張してるからロリペド神父12人が満場一致で2月14日に制定された。

ヴァレンティヌスが結婚式取り持つ展開からすでにリアルではない。がみんなお兄ちゃんが好き設定と同程度リアルではない。 兵士が結婚した記録が存在する時代にあり、更に言えば、すでにローマは戦争中でありまともな兵士は戦地にいた。設定ガバガバである。

設定矛盾をSNSで突っ込まれたテルニ市は「ヴァレンティヌスが死んだのは170年」だと言い出した。設定ガバガバである。

設定のガバガバに耐えきれなくなったバチカンは「ヴァレンティヌス実在しない。バレンタイン中止」 キリスト教とバレンタインデーは無関係宣言を出した。 バチカンが、我々の味方だったことが判明した瞬間であった。

なお、お兄ちゃんが大好きなはガバガバではない。

ヴァレンタインは心の中にいる

ヴァレンタインと同じ時代に生きてたキリスト教徒がヴァレンタインについて公式文書、殉教者リスト、個人の日記にいたるまで誰一人として書いていないのは、ヴァレンタインが11歳の恋人とのコイバナばっかりする101歳だったため、キリスト教徒から「あいつクッセ」と嫌われていたからで、実在しなかったわけじゃない。

寿命が30年の時代に100歳まで生きられたのも、幼女を見ることで湧き出る精子からくる生命力のおかげである。断じて後世の作家が生年月日を適当に設定してしまったからではない。

英雄的行為で2月14日処刑されたヴァレンタインをキリスト教徒が誰も褒めなかったのは、生命力精子がくさかったからである。実在してないとかそんな理由じゃない。

ヴァレンタインで観光産業を盛り上げたい地元がイタリア中のキリスト教徒の書面を探したが、どこにも該当者がいないのはそういう理由があったのである。 ローマで元からあった2月14日の祭りを、キリスト教徒的にむかつくからヴァレンタイン(二次元)で上書きしちゃったのはナイショ☆秘密にしてね☆おにいちゃんだいすき☆

とうとう二次元の人物なのがバレてバチカンから正式に聖人認定をはずされた。元聖人ヴァレンタインはキリスト教徒に2回も見捨てられたのである。

日本ではスイーツどもに「☆☆聖人ヴァレンタインが☆☆☆恋人を結婚させて☆☆☆死んだ日♪」 キラキラワードでチョコレートを売る目的があるため元聖人という不名誉なステータスは伏せられている。

どんなにバチカンがヴァレンタインを嫌おうと、正式にバレンタインデーを祝わない事を表明する教会が増えようと、お母さん以外からチョコレートがもらえる、顔の造詣が良い人の心の中に、ヴァレンタインはいる。

日本人の知らないバレンタインデー

本来は法事のように騒ぐのを戒める日であるといわれている。しかし、非キリスト教徒にもかかわらず、商業利用のためにバレンタインデーを行っているのは日本ぐらいなものである。

また、1779年にはジェームズ・クックが航海中に立ち寄ったハワイで原住民に殺されるという事件が、1929年にはギャング世界を陣取っていたアル・カポネらの集団と別の集団が、シカゴで銃撃戦を繰り広げて多数の死傷者を出すと言う事件も起こっている。以上より、2月14日は暗殺などといった、血生臭い事件が起こりやすい日」と考えるのが本来妥当である。

そしてまた、ネイティブからVengeance Day (復讐の日)と勘違いされたことはあまりにも有名である。

最近では、「バレンタイン監督が『カードゲームをしながら手軽に告れる物を』と言う事で考案された」と言う学説も登場している。

友達にからし入りのチョコレート女子に書いてもらった偽ラブレターと共に渡す日である。

バレンタイン中止と無視する群集

バレンタインデーは各協会、及び経済への負担がものすごいため、諸協会は幾度も中止のお知らせを展開している。しかし、ほとんどの人々はこの警告を無視し、ゾンビと化し、チョコレートを求めるようになる。なお、マウリ民族や古代エチオピア文明の伝統によると、バレンタインのチョコを貰わない人間こそ真の勇者であると伝えられている。

そしてとうとう、ロシアのある町では、2011年2月に本当にバレンタインを禁止する法律が成立した。理由が「精神衛生上よろしくない」という理由である。代わりに「ウォッカの日」としてお祝いしろ、とのことであるが。本当の理由は外国文化であるバレンタインを苦々しく思っていた地方政府が地産地消の一環として「地元産ウォッカ呑めやゴルァ」「地元のウォッカをどんどん消費しよう」と押し付け推奨する日にする、とのことだそうだ。また、日本でも彼女彼氏がいない一部の若手日本共産党員から男女の恋愛機会の平等を求めて「バレンタイン共産党」が結党する運動がみられた。しかしバレンタイン共産党はバレンタインデーを否定するものではない。実際バレンタインデーにはチョコレートをもらえない哀れな男性を保護するバレンタイン村を設立している。

なおこの日の存在を否定する者も多いが、本来は前述したとおり、製菓会社の利潤追求行動に載せられていることを批判すべきであると考えられている。

また、最近では12月14日をバレンタインデーにしようとする意見も少なくはない。もし、12月14日がバレンタインデーの場合、その日は国民の祝日扱いとなる。

バレンタインデーに関する新説

製菓会社と百貨店による陰謀説が有力なチョコレートのプレゼントであるが、これに対し一部の学者から新説が提唱されている。

そもそもバレンタインデーには日ごろ激務で疲れ果てている男性女性チョコを贈る習慣があった。しかし、マスコミはこの習慣に関しておおっぴらに述べることが出来なかったため隠語である「チョコ」を使用していた。

ところが最近、ゆとり世代が増えスイーツ(笑)と呼ばれる新人類が登場した。そのため人を疑えない彼女らは意中の、もしくはお金持ちの男性に「チョコレート」を贈るようになってしまったのである。

またこの誤解の背景には桜田門組の目を気にする業界の意向があったという噂もある。

なお、終戦から約半年後の1946年2月14日、視察のため来日したジョン・マイケル・バレンタイン大佐が、物資に乏しい真冬の日本で、ロクに着るものもなく寒さに震える子供達を哀れに思い、アメリカ本土から取り寄せた菓子類を自らの手で配って回ったため、大佐の活動に感動した人々によって、敬意を込めて「バレンタインデー」と呼ばれるに至ったという逸話は、まだあまり知られていない。そして、この日に「ぎぶみぃちょこれーと」と叫ぶとどこからとも無くチョコがもらえるという話だけが語り伝えられている。

バレンタインデーについての新展開

あいついで批判が集まるバレンタインデーであるが、それを覆す事態が発覚した。イギリス軍において歩兵戦車が運用されていたのだが、その名前は「バレンタイン歩兵戦車」であった。運用性・機動性に優れており特に欠陥や事故を起こさなかったため以降はこのイメージが定着している。

日本古来のバレンタイン

ハレエヌテンの逸話

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嫁入新聞朝刊2000年1月19日 第27面より

実はバレンタインデーに関する記述自体は日本でも意外に古く、あの武内宿禰が編纂したと言われる竹内文書に「"ハレエヌテン"という人物がゴルゴダの丘で開催したチョコレート大食い大会で、チョコレートを3日間食べ続け無念のうちに死亡した」との文書があり、このことから"ハレエヌテン"とは則ち「晴れ得ぬてむ」であり「心が落ち着き晴れ渡ることは不可能であろう」という古語が転句名詞化したものであるという学説が主流であり、異論を唱えるものはほとんどいない。

以上のことから当時から否定的な意味合いしかなかったようである。またこの故事に関しては大食い大会に出場したのはバレンタイン卿ではなく、前日の練習中に鼻血が止まらず失血多量で緊急入院し欠場しようとしていたところ、バレンタイン卿の弟が代わりに出場し、死亡したのは弟のほうであり、バレンタイン卿はその後日本にわたりチョコレートをココアとホワイトチョコレートに分離する方法を教授してもらったとの異説を論ずるものも少なくない。

禁止運動とその収束

安保闘争鎮静化以降も「バレンタインデーはキリスト教に深く根ざしたものであるから、政府がこれを黙認するのは政教分離に反する違憲行為である」との会見があり、1999年当時圧倒的多数の議席をしめていた童貞万歳党および水銀党によって2000年1月24日、バレンタインデーは都市伝説であると正式発表した。

しかしその後バカップル党に議席の大半を奪われ「日本におけるバレンタインデーはクリスマスと同じく、女とヤる為の口実として深く浸透し宗教観はすでに全くと言ってよいほどなくなっている。事実、クリスマスの訳語である「聖夜祭」も高校生および大学生を対象に行われた学力調査で94%が「性夜祭」と解答した。」と事実無根をいい通し、前述の発表をもみ消した。しかしバカップル党は現在、日本合成ゴムやラブホテル業界との癒着が問題視され始めている。

一部男性の中で、バレンタイン禁止運動を起こしている人がいることも事実だ。

サウジアラビア

サウジアラビアの勧善懲悪委員会の委員を務めるサッタム・ビン・アブドーラ・ナジズ皇太子は11日サウジアラビア国営放送の番組に出演して「バレンタインデーを祝ったものには最高刑で死刑もありうる」と発言して波紋を呼んでいる。

バレンタインデーは異教徒がムスリムを堕落させるために始めた悪魔の祭りであり、当日は3500人の宗教警察と三万人のボランティアを動員してバレンタインデーを取り締まると発言、違反者は見せしめに公開処刑すると発言した。

すでにリヤド市内ではバレンタイン関連商品の販売が全面禁止され、全て撤去されている。しかし、アラブ首長国連邦(UAE)からの密輸などが後を絶たず、取り締まりに苦慮している。バレンタインデーを通報したものには報奨金が与えられる。

バレンタインデーに乗っかって失敗した記念日

4月14日

4月14日

5月13日

関連項目

外部リンク


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Last-modified: 2019-10-28 (月) 23:27:52